あおいおわかれ キョン死ネタあり じゃきんと、いつか映画で聞いたような音が耳を打った。まさか、と思い振り返り、すぐさま後悔する。見るんじゃなかった、気付くんじゃなかった。 古泉が鈍く光る銃を手に、笑っていた。玩具のようなのにそれが本物だと思うのは、単なる直観でしかない。けれど、間違いなく、あの銀色は俺の心臓を射抜くのだろう。古泉は笑っている、笑っている。 学校帰り、あたりに人はいない。オレンジに染まった道の向こう側に黒い影が見えて、きっとこのあたりは閉鎖されているのだろうと予想する。ならばこれは、機関の決定なのだろうか。俺が悟ったことに気付いたのか、古泉は笑みを深くしてようやく口を開いた。 「あなたが、不要であると判断されました」 「俺がいなくなってもハルヒは安定したままってか?」 「もちろん、多少は動揺するでしょう。少しの間ならば僕たちも出動することに異論はありません。ただ、いつまでもあなたがいるからとどうにか安定していられるだけでは頼りないのです。不慮の事故で最愛の友人をなくし、そのかなしみも乗り越えてこそ、僕たちの神様なのですから」 古泉の笑みは、初めて会ったときに戻ってしまったようだった。俺たちのことを仲間だと言い、俺たちを、俺をとると言った古泉一樹は、ここにはいない。俺に死ねと、こいつはそう言っているのだ。 冷たい風がぶわりと吹いて、いつの間にか長い時間を彼と過ごしてきたのだと実感する。親しいとは言い切れない。部活仲間で、信頼はしていたけれど、友人と表現するにはどこか歪な関係だった。それでも、裏切られたというのがもっとも合っているのだろう。俺は仲間に裏切られる。もっと俺の心情を鑑みた言い方をするのならば、好いた人に、俺は殺される。 やけに穏やかな気持ちだった。抵抗する気には微塵もならない。無駄だからではなく、ああならばしかたないかと、そう思っていた。 古泉は俺ではなく機関を選んだのだ。ただ、それだけのことだった。 オレンジが、刻々と藍色にむしばまれていた。指先から冷えが忍び込んできて、俺はぶるりと震えた。それを怯えととったのだろうか、古泉の笑顔が少しだけ歪んだ。馬鹿だな、悪役は最後まで悪役然としていなければ。役者には、まだ少し鍛錬が足りないんじゃないだろうか。 「一ついいか」 「なんでしょう?」 「朝比奈さんや長門、俺の家族や友人に被害が及ぶことはないのか」 「それは絶対にありません。約束しましょう。未来人宇宙人とは平和的関係を保っていたいですし、一般人に手を出すことは極力したくありません」 「……未来人も宇宙人も、納得済みってことか」 「それは、僕の口からは何とも」 銃口がこちらを向いた。あの真っ暗な闇から飛び出した鉛が、俺の命を奪っていくのだろう。引き金を引くのは古泉で、俺の命を、古泉は背負うということで。 口元に、笑みが浮かんだ。 「いいさ。くれてやるよ」 一瞬だけ目が見張られたのを認めて、愉快な気持ちになった。何を驚いているんだ、お前が望んだことだろうに。 「お前が本気で俺の命奪おうっていうんなら、構わないさ」 そうか、と思っていた。そうか。俺の口に出すのもはばかられる恥ずかしい感情は、二度とこいつに明かされることはない。こいつに思いが通ずることは決してなくて、それでも悲しいわけでも憎らしいわけでもない。ただ、ああそうかと、こいつは俺の命を絶つのかと、納得だけしていた。こいつの生に、俺の死が重なるのだ。それだけの、それだけのこと。 笑顔のまま前を見据えれば、古泉もまた凍りついた笑顔のまま。やめてくれ、お前がそんな顔することないのに。 オレンジがいなくなって、黒い影が夜に同化しかけていて、きっとここにもうすぐ俺の赤が混ざり合うのだろう。古泉の目前、抱えきれないほどの赤色が。それはもしかしたら、とても綺麗な光景なのかもしれなかった。 「さよならだな、古泉」 真っ暗い闇が、じっと俺を見据えている。 END. 2012/12/04 |