「手紙」





朝が訪れ、眠たい目をこする。朝日が嫌に眩しいが、明るさに救われるような気もして、無理やり起きだす。
疲れていた。
息を切らして家に飛び込んできた古泉に縋り付いて一通り弱音を吐き、不思議がる妹にごまかしの言葉を伝え。結局古泉は両親が帰って来るまで家にいてくれた。妹とペットと寄り添っているわけにもいかなかったので、これは正直助かった。泊まっていけという言葉には、さすがに首を横に振られたが。
下着がなくなっているということと電話の話をしたら、古泉はこれまでになく眉間に皺を寄せて唸っていた。それは電話で報告をした会長も同様で、とてつもなく低い声で潰してやると聞こえたときは、そんな場合でもないのに思わず笑ってしまった。何を呑気なと二人に叱られたが、それでも心は幾分穏やかになっていた。一人じゃなくてよかった。心底そう思った。

「典型的なストーカー行為だな」

家の前で会長と、今日は古泉にも合流し、三人で歩いていると、口をへの字に曲げた会長がぼそりと言った。思わず肩が跳ねてしまう。今はストーカーという言葉でさえ恐ろしかった。
古泉が背中を優しく撫でてくれるおかげでどうにか平静を装うことができたが、ばくばくと音を立てる心臓は大人しくなってくれない。ああ、気遣わしげな視線が痛い。

「泥棒と、無言電話が、すか」
「……ああ。尾行に盗撮に下着ドロ、無言電話。よく聞くもののオンパレードだ。何よりお前へ恐怖心を植え付けてるなんてもんじゃない。写真撮られただの盗まれただのってより前に、精神的苦痛ってやつだ」
「ええ。それに、少しずつあなたに犯人が接近してきている気がします。見ているばかりだったのが撮影をはじめ、それを送りつけるようになり、家にまで入り込んで、公衆電話からとはいえついにあなたと一対一で言葉を交わす場まで設けるようになりました。これは、今まで以上に気を付けたほうがいいかもしれません」
「悪化する可能性がある、ってことか?」
「そうだな。脅かすわけじゃねえが、考えといたほうがいい。直接対面することもあり得るかもしれん」
「直接……」

つい、ごくりと喉を鳴らした。これまで俺を怖がらせ続けた相手と、直接顔を合わせるかもしれない。想像したくもないが、そのときどうなってしまうのか、俺は冷静でいられるのか。不安で頭がいっぱいだ。
俯いた俺の頭に、ぼすりと大きな手が乗せられる。この乱暴な撫で方は会長だ。古泉も相変わらず背中をさすってくれている。

「安心しろ。お前に手出しさせる分けねえだろ」
「そうです。今は後手に回ってしまっていますが、あなたに危害を加えるようなことは絶対にさせないと約束します」

そうだ、俺には頼もしい友人らがいるのだ。常に一緒にいるわけにもいかないから細かい被害は避けられないかもしれないが、必ずこの二人が犯人から守ってくれるような、安心感があった。頼りっぱなしで悪いという気持ちもなくはない。それでも、嬉しさが勝る。
ありがとうと笑いかけると、二人もまた微笑み返してくれたのだった。



順調に授業も終わり、放課後。
気分が落ち込んでいようともSOS団の活動はなくならない。明るいハルヒと共にいるのは穏やかな気持ちになれるので不満はないが、さすがに多少疲れていた。部室まで引きずられながら、どうにか早退できないかと考えるほどである。
各々が好きなことをしている静かな時間。将棋をしないかという古泉の誘いを申し訳なくも断り、俺は机に突っ伏していた。眠いわけではない。考え事をしているというわけでもない。単に何かをすることが嫌だったからだ。自覚はしているが、被害にあうようになってから俺は怖がりになった。何がストーカーの琴線に触れるのかと思うと言葉を発するのも憂鬱になる。
あと三十分もすれば下校時刻だというとき。大人しくパソコンをいじっていたハルヒが、唐突に声を上げた。

「そういえば今朝、変な手紙が下駄箱に入ってたのよね」
「ラブレターですかぁ?」
「ううん、そういう感じじゃなくて、なんていうの? 脅迫状みたいな……」

その瞬間俺の心拍数が上がったことには、誰も気付かなかったことだろう。長門かもしかしたら古泉なら分からないが、少なくとも楽しげに話をしているハルヒと朝比奈さんには何も伝わっていまい。
脅迫状。じりじりと肌が焦げるような気がした。
犯人が接触してくるかもしれないという話を聞いたのはつい今朝のことだ。それでなくとも、犯人はこれまでいくらか時間を置いて行為を行ってきた。こんなにすぐに動き出すなんてこと、あるはずがない。そう、思いたかった。

「なあ、ハルヒ」
「なによキョン、起きてたの」
「ああ。……その脅迫状ってやつ、見せてもらっていいか」
「あんた興味あるの? 特別面白いものじゃないわよ。こういうくだらない嫌がらせなんて、飽きるほど見てきたし」

何やらぶつぶつ言うのを聞き流し、四つ折りにされているらしい髪を受け取る。何の飾り気もないルーズリーフ。ぱさりと開くと、そこにはボールペンで、文字が書かれている。

『アノ人ニ近ヅクナ。ジャマ。コレハケイコク』

定規で筆跡を隠すように書かれた文字は本当に脅迫文のようで、(いや、きっと実際にそうなのだろう)ぞくりと背筋に震えが走る。
ストーカーの目的は、そのまま考えるならば俺のはずだ。ならばこの手紙のいう「アノ人」とは俺のことで、俺から離れないと、ジャマなハルヒは犯人に何かをされる、ということになるのか。俺自身にではなく、ハルヒに。
恐怖が生まれると同時に、底知れぬ怒りも感じる。俺だけならまだしも、まわりの人間にまで手を出すなんて、許せるはずがなかった。邪魔だなんて他人に言われる筋合いはない。俺もハルヒも、このSOS団の団員は皆、自ら望んで集まっているのだから。誰を目的に誰へ手紙がいったとしても、俺は怒りを覚えたことだろう。
古泉へそっと目配せをする。頷き返されるのを見て、俺は強く掌を握った。

「ハルヒ、気をつけろよ」
「大丈夫よこんなの。どうせ団員の誰かのファンでしょ。自分から近づく勇気もないくせにこんな卑怯な真似する奴なんて、どうせたいしたことできないわ」
「俺もそう思う。だが、注意しておくにこしたことはないだろ? 何かあったらって、心配するのは俺たちなんだぞ」
「な、なによキョンのくせに。……まあいいわ。考えといてあげる」

口ぶりのくせにどこか嬉しげに頷いたのを見てほっと息をつく。
とりあえずはこれでいい。だが解決したわけではない。本当に大事になる前に、何とかしなくては。
警察、という言葉が頭に浮かんだ。まだ大丈夫まだ大丈夫と無理やり思考から追い出していたが、そろそろ本格的に考えなくてはならないかもしれない。
何かがあってからでは遅いのだ。強く、唇を噛んだ。





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2012/09/25

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