「紛失」





俺が思っていたよりも、古泉も会長も情の深い人間であることが分かった。
会長は俺を慰めたあとその日は休むように言ってくれ、担任に連絡を入れた上に家まで送ってくれた。登校する生徒に注目されないように別ルートを案内しながら。そのあとは古泉にも例の写真のことを伝えたらしく、翌日二人から優しく、けれどしっかりと叱られてしまった。
正直、古泉には情けなくて知らせてほしくないと思っていたけれど、あんなに苦しそうな顔をされてはこちらが悪いような気にさえなる。意地を張らないでくださいなんて言われたら、もう隠すことはできまい。会長もだ。面倒かけるなと憎まれ口を叩いてはいたけれど、肩に置かれた手は優しかった。彼らの細やかな気遣いに、あまり嬉しくてまた少し泣いてしまったのは恥ずかしい記憶である。
あの写真は、いつの間にかなくなっていた。本人に聞いたわけではないけれど会長が処分してくれたのだろう。自分で触れるのは気持ち悪くてできなかったろうから助かる。
二人が言うには、このところの諸々はストーカーの犯行ではないかということだ。俺にストーカーなんてとは思ったが、確かに尾行も隠し撮りもよく聞くストーカーの行動だ。いきすぎた好意が、この異常な所業に繋がっているのかもしれない。気分が悪くて眠れなくなりそうだ。思わず自らの肩を抱いた俺に、会長はぶっきらぼうに、古泉は痛ましそうにもう大丈夫だと言った。これからどうなるかは分からないにしても、彼らが俺の側にいてくれるのなら怖くはない気がした。



「それでは、また明日」
「ああ。毎日悪い」
「いえ、気にしないでください。僕らはやりたくてやってるんですから」

軽く頭を下げた古泉に手を振り、溜め息を吐く。また一人だ。
最近は二人が毎日送り迎えをしてくれている。朝は会長が家の前で待っていて、帰りは古泉が女性陣と別れてからも着いてきてくれる。そのおかげか写真はもちろん妙な視線を感じることもない。
一緒にいれば安全なような気がして、近頃はどちらかの顔が見えないと不安になるくらいだ。けれどこれ以上迷惑をかけるわけにもいかない。自分の家が怖いなんて、馬鹿らしすぎる。
家に入ると、親はまだ帰ってきていないようだった。リビングでは、妹とシャミセンが寄り添ってテレビを見ていた。呑気なものだと思いつつ、平和な後継にほっとする自分もいる。

「おかえりなさーい」
「おう、ただいま」
「お父さんもお母さんも今日は遅いって。あ、洗濯物入れてって手紙があったよー」
「……お前がやってもいいんだぞ?」

都合よく聞こえないふりをする小学生に嘆息し、鞄を下ろす。段々と生意気になってさみしいものだ。
庭に出ると、風が強かったおかげかすっかり乾いた洗濯物がゆらゆらと揺れていた。結構な量があるが、これくらいの仕事ならば苦でも何でもない。長男としてそれなりに手伝いをさせられたからであろう。
両親のものと、妹のもの。シャミセン用の毛布なんかもある。それと、俺のものが。

「あ?」

昨日洗ったシャツがある。部屋着があって、パジャマ用のスウェットがある。けれど、おかしい。

「下着、が、ない……?」

昨日履いたはずの下着がない。それだけでも気が遠くなるが、シャツの下に着ていたはずの肌着と、昨日俺が使ったバスタオル。俺が密接に触れたであろうものがことごとくなくなっている。
そんなはずがない、被害妄想だ。昨日洗濯機に入れ損ねでもしたんだろう。だってここは自分の家だ。誰かがこんなところにまでも入り込んで俺のものを持っていくなんて、そんな。
首筋がざわざわとした。暑苦しい何かが俺の体を包み込んでいるようだ。呼吸が苦しくなる。喉が渇く。冷たいような熱いような汗が、額をじわりと濡らす。
洗濯物を適当に放り込んで、風呂場を見に行った。ない。ない。洗濯機の周りにも、廊下にもどこにも落ちていない。次に階段をかけ上って自室の扉を壊れるかと思うほどの勢いで開いた。ベッドの上、下。カーペットの下もクローゼットもテレビの裏もくまなく探す。ない。どこにも、ない。俺のものが、俺の家からなくなった。
頭がおかしくなる。いや、なっているのか。混乱が極まって何か見落としていることがあるのかもしれない。昨日は洗濯機に服を入れたんだったっけ。風呂には入った? 本当に学校へ行ったのか、朝は着替えたんだったか?
だって、だってどうして。俺の下着やら何やらをわざわざ盗む奴がいるんだ。俺なんかの、私物を。

「ストーカー……」

古泉と会長が言っていたことが急に現実味を帯びてくる。これまでは半信半疑で、気持ち悪いけれど流石にないんじゃないかと思ってきたことが、事実かもしれなかった。尾行も隠し撮りもまだ悪戯や嫌がらせの範囲で済ませられなくはないはずだ。けれどこれは、いきすぎていはしないか。
妹が階段の下から俺の名を呼ぶ声がする。テレビの音が漏れている。窓の向こうで雨が降りだした。それらは俺のすぐ横にある現実のはずなのに、何故だかとても遠くの出来事な気がする。俺一人が世の中から放り出されてしまったようだった。
恐怖は俺を孤独にする。

ピリリリリリ

甲高い着信音が俺を呼ぶ。半分機能しなくなっている頭が反射的にポケットの携帯を探る。
ああ、俺は。俺はどうしてこうも馬鹿なんだろう。





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2012/09/25

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