友人の拾いものについて 西洋パロ的な何か 「失礼しました」 見せたい人がいる。そう言われて訪れた友人の古泉一樹の家で、俺はひどく愉快な気分を味わっていた。こんなに面白そうなことに出くわすのは久しぶりだ。にやける顔を隠しもせずに正面のそいつを見れば、予想に違わず爽やかに笑っているのが分かった。 この国の軍に所属しているだけあって姿勢がいい。日頃から机に向かっているせいで曲がってしまった俺の腰を嘲笑うかのように、古泉はぴしりとこちらを向く。 「今のか」 「流石会長、察しがいいですね。その通りです」 十年以上も前の学生時代のことをからかっているつもりか、プライベートのときにはいつも会長と呼ばれる。特に気にしてはいないが、その度に食えない男だと思う。自由でしかし誰よりも物事を把握する能力が高い。そして傲慢で、欲しいものを逃すことはない。 つい先程、お茶を出して部屋を出て行った少年を思い出す。俺よりも少し茶色い短い髪と、まだ子供らしさの残る大きめな瞳を持った少年。清潔なシャツを纏って礼儀正しくしていたがあれは庶民の出だろう。俺にたいして怯えるような顔をしたし、動きがぎこちなかった。顔も特筆すべきことはないくらいに平凡だ。あえて特徴を述べるなら、薄い。あと小動物のようだった。 ちらりと顔を上げ、相変わらずの笑顔を覗く。人なのに会わせたいでなく見せたいと言われた意味がよく分かった。あれだけ一瞬顔を合わせただけでは会ったとは言えないだろう。 「それで?」 「何がでしょう」 「今のが何だってんだ」 「拾ったんですよ」 「は?」 「拾ったんです。今は僕のものですが」 「拾った、って」 唐突に思い出す。そういえば、人を拾えるような出来事が最近あった。 「オークションか」 「ええ。調査後に少し、ね」 城下で秘密裏に行われてきたオークションだが、ただの競売とはわけが違う。そこで売り買いされるのは人だ。身寄りがなかったり借金で首が回らなくなった人間を業者が拾い、オークションに流される。見た目がよかったり特技のある者は当然高値で、しかもある程度いい家へ買われることもある。若ければ肉体労働目的に誰かの元へやられ、女ならば高確率で体を売らされる。 そのオークション会場へ、つい一週間ほど前こいつが所属する憲兵隊が乗り込んだのだ。城下での争い事や違法行為を取り締まるために動くのだが、今回も例外ではない。調査とは名ばかりで、人身売買の証拠が十二分に揃った上で踏み込まれたオークションは当然中止。主催者及び参加者はすぐにも裁判へかけられるだろう。その場に残っていた「商品」は、国の方で保護されたと聞いている。 「まあ、今更あれが取り締まられるなんて妙だとは思っていたがな。お前が一枚噛んでいたのか。どうやったのやら」 「ハルヒ様に一言進言すればすぐでしたよ。手紙で密告したので僕が明かしたとはばれていませんがね」 「ああ、あのお転婆王女か。なるほどな」 うまいことやったものだ。見て見ぬふりをされ続けた公然の秘密である競売も、ハルヒ王女ならば悪として廃除したいと思うに違いない。破天荒な性格をしてはいるが、その実常識的で正義感の強い人間だ。溺愛する娘に非難され国王も無視はできなかったのだろう。この国初の女帝が誕生する日も遠くはないかもしれない。 しかし、と思う。一つの隊を任されるほどの立場であるこいつも、人身売買の存在は昔から把握していたはずだ。であるのに今になって手を加えるなどどういうつもりなのだろう。先程の少年が絡んでいることは間違いないのだろうけれど。 「他の方々は教会で面倒をみてもらっているんですがね、少し無理を言って連れ帰ったのが彼なんですよ。不思議がるのを宥めるのも大変でした」 「職権乱用だな。そんなに気に入ったのか、あれを」 「ええ。美しいでしょう?」 「美しい、ねぇ。俺には分からんが、お前が言うならそうなんじゃないか」 そもそも古泉家というのは芸術家を多く生み出してきた由緒ある家だ。人によって絵画やら彫刻やら音楽やら得意とするものに違いはあるものの、共通理念は「美しいものが正しい」。武道の道へ入ったこいつも例外でなく、その目と知識はただ腕に自信がある者とは時限が異なる。戦争でさえ芸術と言ってのける人間だ。いっそ異常だと言ったときは笑われたが、こいつの美への興味、探究心は尽きるところを知らない。 そんな男が美しいと言うのだ。ならばあれはきっと、美しいものなのだろう。 少年のことを思い返しているのか、古泉の顔は恍惚としている。今までどんな超大作を目にしてもしたことのない表情だ。それほどに気に入っているらしい。 「キョンという名前を与えてみたんですが、彼はまったく美しい。素朴ながら清潔感の漂う顔立ちに、男性らしからぬ細くしなやかな体をしています。あの年代特有の弱々しい雰囲気もさることながら、こちらを見遣る純朴な瞳は忘れられませんね」 「瞳と言ってもな。俺には平凡な子供にしか見えなかったぜ。あいにくと体までは確認しきれなかったがな」 「だからあなたは見る目がないというのですよ。見た目だけではありません、中身も素晴らしい。純粋で素直で、ああ見えて頭もそこそこいいんです」 僕に捕まってしまうくらいですから、まだまだですけど。そう言いつつ喉を鳴らす古泉は嫌に満足そうだ。欲しいものが手に入ったのだ、当然だろう。 しかし頭がいいということは、頭が切れるのとは違い知識があるということだ。そのキョンとやらは学校にでも通っていたのだろうか。最近は学業に触れられない人間の方が珍しいくらいだが、オークションに出されてしまうような家の子供が学校へ行き得たとは考え辛い。この一週間で勉学を教え込んだということもないだろう。 俺の疑問を察したのか、古泉は優雅にカップを傾けながら目を細める。相変わらず絵になる男だ。一般的にはこいつの方こそ美しい存在であろう。 「彼の家は元から貧しかったわけではないんですよ。彼の父親が昔事業をしていて、そこそこ儲けてはいたんです。が、つい三年ほど前に倒産」 「ほう、三年前か」 「まったく、会長にはごまかしがききませんね」 笑い声は軽やかで、こいつの胸の内をうまく隠している。本当はインクよりも真っ黒な性根をしているくせに。 「お前がどこぞの貴族にしょうもないことを吹き込んだのがそれくらいのときだったな」 「しょうもないとは酷いですね。少々商売の秘訣を教えてさしあげただけですよ」 「他を蹴落としてでもトップに立て、ってか」 「それだけではありませんけどね。当然のことでしょう? 一番という、それだけでブランドになり得るんですよ」 印刷を中心に事業を拡大していた家を取り締まったのは、確かこいつだったはずだ。ライバルとなる他の会社に裏から圧力をかけて潰していたそこは一気に没落。当主は投獄され家族も散り散りになったと聞いている。その当主と古泉は、なかなか親しかった。 その圧力によって潰された会社の一つが例の少年のところだったのだろう。どこもあまり大きいものではなかったはずだから、倒産の後は食べるものにも困るほどだったに違いない。それこそ、子供を売りに出すほどに。 全てこいつの計画通りだったのだと思うとどうも釈然としない。目的のためには何でもする男。俺の存在さえもその計画の内なのだろう。誰かに話さなくてはどんな興奮も冷めてしまうものだ。 「お前がやったって、その麗しの君は知ってるのか」 「おや、妙なことをおっしゃいますね。僕は何もしていませんよ。彼の家を破滅へ追いやった者の悪事を暴き、売られてしまう前に彼を助け出したくらいで」 「……本当に計画的なことだ」 「何のことやら」 なるほど、少年にとって古泉はヒーローなのだろう。父親の敵を討ち、自分を颯爽と助けてくれたヒーローだ。三年前に早く手を打てなかったおわびに世話をさせてくれ、などと古泉が眉を下げたならば、遠慮しながらも役に立とうと身を寄せるはずだ。きっとそうやって彼を連れ出したのだろう。好印象を与え、信頼さえも勝ち得たに違いない。 聞けば、古泉は少年を養子にするつもりらしい。今は本人の望む通り給仕の手伝いなどをさせているが、生活が落ち着いた頃に切り出す予定なのだそうだ。三十を越えながらも妻のいない、しかも身分のある男の元へ、養子。そういう相手として拾われたのかと疑っても仕方がない状況だが、古泉いわく純粋な少年は一片の疑問も抱いてはいない。 「は、調教が大変そうだな」 「下世話なことを言わないでくれませんかね。そういう欲求もないわけではありませんが、僕は彼を番として側に置いておきたいだけなんですよ」 「へぇ、そこまで大事なのか。お前にそうも言わせるとは」 「手に入れるのに五年もかかったんです。長い片思いがようやく叶うなら、多少の我慢など苦行たりえませんね」 「五年も片思い、あの古泉一樹がか」 「笑わないでください」 五年前となると、あの少年が十になるかならないかの頃だろうか。どうりでどんな美女にもなびかなかったわけだ。男、しかも年若い少年に恋慕を抱いていたのだから。いつどこで出会ったのかは分からない。けれどここまで念入りに罠を巡らせる執念があるのなら本気なのだろうと思う。それが少年にとっての吉となるか凶となるかは、残念ながら想像もつかないのだけれど。 冷め切った紅茶を飲み下し、退室の準備をする。少年の紹介とそれまでの経緯を話したかったのだろうからもう用はないだろう。気付けば日も沈みかけていて、休日がすっかり潰れてしまったことを示していた。仕方あるまい。後悔しない程度には貴重な話を聞くことができた。件の友人の言動には驚かされてばかりだ。 「それじゃあな。せいぜい餌でもやって飼い馴らすこった」 「次会わせるときは恋人として紹介しますよ」 「はっ」 「ではまた」 迎えの元へ足を進めながら考える。あの少年は幸せになれるだろうか。古泉の家は確かに裕福だしあの様子だと本心から彼のことを愛しているのだろうが、手に入れる方法が少しばかりいただけない。真実がいつかばれてしまわないことを祈るのみである。 恋やら愛やらはまったく面倒だ。俺も初めて見た、あの古泉のきらきらときらめく目を思い出して嘆息する。まだ当分は独り身でもいいかもしれない。 END. |