1 たとえ自分のものではないと分かっていても、求められてしまったら手を広げずにいられない。大切だから、好きなのだからと、だんだんだんだん離せなくなっていって。 これは恋? それとも? タオルで髪を掻き混ぜならら浴室を後にして、足を運ぶのはゆったりと設置されたベッド。それ以外には特に物も置いていない暗がりの中、真っ白いシーツは何となく浮いていると思ったのはもう何度目だろうか。 ぺたぺたと素足のままで歩いて行く。あまり音を立てないように覗き込めば、予想通りの光景があった。 シーツの上で億劫そうに横になった彼。丸くなっているその体勢に思わず笑いが零れる。時折とても達観した大人のようなことを言い出すのが彼、キョン君なのだが、こういうちょっとした仕草はまだまだ子供だ。大き目の寝巻きからうなじがちらちらと覗く。風呂上りのままの格好は正直目に毒である。それでも俺は高鳴る心臓には気付かないふりをして、その濡れている髪に指をくぐらせる。 「眠たい?」 「んー……。まだ寝ない」 「じゃあおしゃべりでもしようか、キョン君が眠るまで」 「……子ども扱いされてる気がするんだが」 「気のせいだよ」 「ふうん」 文句を言っている割に彼が抵抗する気配はない。むしろ甘えるように擦り寄ってきた体を抱き寄せて、そのまま二人してベッドに横になった。部屋の中はクーラーによって丁度よい温度に保たれている。温かいばかりの体温を腕の中に閉じ込めれば、くすくすと楽しげな笑い声が耳をくすぐった。 いつものように駅前で落ち合った俺たちは、簡単に食事を済ませてやはりいつものビジネスホテルに部屋を取った。途中で買った雑誌を読んだりテレビを見たりしながら思い思いに過ごせばいつの間にか十時を過ぎてしまい、順番に風呂へ入り今にも寝ようというところである。先に入浴を済ませたキョン君は一人で退屈だったのだろう、先程見た背中は拗ねていると如実に訴えかけてくるようだった。 寝ないといっていたくせに彼の瞼は今にもくっつきそうになっている。体育があったと言っていたから疲れているに違いない。布団を肩まで引き寄せてリモコンで明かりを落とす。 「やっぱりもう寝ようよ」 「寝ないって言っただろ」 「もう半分寝てるようなものじゃないか」 「うるさいな」 透き通った茶色みがかった瞳が隠され、意外と長いまつげがふわりと揺れる。額にかかった柔らかな髪を軽く避けて唇を落とせばくすぐったそうに笑う声がした。 彼は綺麗な人だと思う。高校生らしくまだまだ細く頼りない体。顔立ちも子供らしさが抜け切れていなくて寝顔などは本当にあどけない。帰宅部だからか日に焼けていない、それでも健康的な色の肌をしていて、あと、そう。あの瞳だ。真っ直ぐと向けられる、歪みのない真摯な瞳。そのはずなのにどこか影を伴った、瞳。 俺は彼の目で見つめられることが好きだった。目だけじゃない。今挙げた体の隅々から、強がりででも優しい性格も、俺は彼の全てが好きだと言っても過言ではない。彼のことが好きだ、それよりもっと愛している。 けれど彼は、そうじゃない。 「俺は明日も休みなんだけど、どうする? 買い物にでも出掛けようか」 「あー、明日は用事があるから、すまん」 「いつものだね」 「ああ」 「分かった」 俺のいないどこかで誰かと会う彼のことを疎ましいと思ったことがないわけではない。彼と共に時間を過ごしているうちに、どうしようもなく自分のことを一番に考えて欲しいと思うようにさえなった。俺は彼のことが好きだった。俺の中の一番は彼であり、それ以上など当然存在しない。 彼には、彼には俺以上の存在がある。詳しいことを聞いたわけではないけれど、俺と会った次の日に会うのは彼の本当の恋人なのだろう。彼が真実愛している相手。俺は彼の恋人の存在を知っていて、彼の恋人も俺の存在を知っているようで、彼自身もまた、俺たちが知っているという事実を知っている。 「おやすみ」 「ん、おやすみなさい」 知っている。俺は彼の、所謂浮気相手である。 ⇒Next |