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キョンというあだ名で呼ばれている彼と僕は、物心がつく前からの幼なじみだ。実家が近所で同い年だったので自然と常から一緒に居る親友同士となった。今年で、二人とも二十五を数える。僕はかねてからの夢であった小説家、彼は知識の幅広さと子供が好きなことから教職に就いていた。職に就く際、彼は学校の近くへ引っ越さなければならないと郷里を出た。僕は仕事はどこででも出来る。けれど結局彼について家を出ることにしたのだ。彼と離れることが、どうしても耐えられなかった。駄々をこねる僕に彼が仕方がないなあと微笑んだのを、いまだ覚えている。
僕の元へほぼ毎日話をしに訪れる彼だが、あれでなかなかに忙しい身である。若いからという理由で様々な仕事を押し付けられると愚痴を零していたし、事実彼の目の下の隈は寝不足を如実に訴えてくる。それでも出無精な僕のために訪問してくれるのだから、人がよいにもほどがあるだろう。それに甘えている僕が言っていいことではないかもしれないが。
いつからだったろう。彼のことを友人としてではなく愛しいと思い始めたのは。小さい頃体の弱かった僕を気遣ってくれたときだったか、あどけない寝顔を目にしたときだったか、彼が女学生と口づけを交わらせているのを目撃してしまったときだったか。今となってはもう分からないが、欲望の対象として好意を抱いているのは間違いない。
もはや言葉では言い表せないほど、僕は彼が愛おしい。けれどこの感情を伝えるつもりにはどうしてもなれなかった。
僕たちはもういい歳だ。同郷の友人も多くが身を固めていて、未だ独り身でいるのはそろそろ僕たちのみだろう。彼が何を考えて嫁をとらないのかは知らないが、少なくとも僕はこれから結婚する予定はない。ずっと、彼だけを思って生きていけたならとロマンチストじみたことを夢想してきた。
そうだ、僕は決して、彼と結ばれたいわけではない。それが彼の幸せに繋がるなどとはどうしても思えないからである。美しく気立てのいい嫁を貰い、子供のために仕事に勤しむ。おおよそ世間一般で言われる幸福は、きっと彼にとっても幸福だろう。男の僕と通じることでは得られまい。幼い頃から長きにわたって見守ってきた人だ、僕がもたらすことは出来ずとも笑って生きていてほしい。それが僕の初恋に終止符を打つのだとしても。
溜め息を一つ吐き出し、室内へ引き上げる。廊下へ顔を出すだけで体が冷えてしまうのだから、もう冬も本番だ。襖を開けた途端に広がる熱に再度呼吸をし、畳の上に腰を下ろした。火鉢はぱちぱちと声を上げ、僕の指先を温める。まだ外は明るい。だが仕事に取り組まなければすることなど持たないので、さっさと眠ってしまうことに決める。
「あ……」
食事はどうしたものかと台所へ向かうと、黒い何かが置いてあった。重箱だ。あまり無理して執筆をするんじゃないとぶっきらぼうに書かれた紙が挟まれたそれは、彼の持ち物である。大きな蓋を持ち上げた先には、僕の好物であり彼の得意料理なぶり大根が、まだ温かい状態で並んでいた。冷たい指でつまみ、口へぽいと放り込む。彼の性格を表現するような薄い割に柔らかな味が口の中へ広がる。あまりにおいしくて、何故だか泣きそうになった。そうなのだ、彼の優しさは、ときには僕への毒となる。
胸に去来する切なさに気付かないふりをして、僕はいつまで彼の友人でいられるだろう。こんな思いを持ったままならいっそどこかへ逃げてしまおうと、考えなかったわけではないと明記しておく。それでも、消滅などし得ない利己心が僕を苦しめてならない。彼が件の従姉妹と結婚を決めると言うのなら、もちろん僕に止める権利はない。それでも一人前に妬ましいと思うのだから質が悪いのだ。
なんて情けない男なのだろう、僕は。心で誓ったくせに、諦めることも逃げ切ることも出来ない。一番自分に都合のいい位置で、彼のことを見つめ続ける。手に入れるわけにはいかないのだと、自分に必死に言い聞かせながら。

「どうも、苦しいですね」

冷め切ったお茶を一息で捨てる。排水溝に吸い込まれていくそれを冷たい目で眺める自分が、嘲笑を浮かべたのが分かった。






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