恋のいろは






初めは、睫毛が長いなってたったそれだけのことだった。
一ヶ月くらい前だったろうか。普段と変わらず適当にボードゲームをしているときに、何となく顔を上げた。何があるわけじゃない、そこに座っていたのはそのときの対戦相手である古泉。顎の下に指をあて珍しくも真顔で考え込んでいる姿は否応なしに格好いいもので、そのあまりの綺麗さに一瞬時間が止まったような気がした。
睫毛が長かった。束のようなそれが蛍光灯の光に照らされて白い頬に影を作る。少し物憂げに伏せられた瞳を隠すように伸びた、髪と同じ色の睫毛。長かった。綺麗だった。声をかけられて我に返るまで、俺は確かに古泉に見惚れてしまっていた。
それからだ、何故かひどく古泉が気になるようになったのは。部活中にはその指先の動きを目で追う。校内で見掛けたときは彼の視線の先を眺めてみたり、会話中は耳に届く心地のよい声に瞼を閉じてみたり。外で体育をしているのを見つけたときは、気付いたらその授業時間全てで彼を追っていた。頑張れと呟いていた。
これはなんだろう。妹に尋ねてみたら、それは恋だよキョン君と見たこともない表情で笑って言われた。どこか大人びたそれに、知らず心がざわめいた。
恋。恋? これが恋だと言うのだろうか。俺は古泉が好き? ああ何だか苦しい。これが恋か。俺は古泉が好きなのか。口の中で言葉にすると、気持ちいいくらいすとんと納得がいった。
俺は、古泉が、好き。



「僕も好きですよ」

そう奴は笑う。好きだと言って頭を撫でる。俺の心臓は初めからそうであったかのように優しく鼓動を繰り返し、けれど熱くて堪らないほどに暴れている。
古泉は、俺の狂ったとしか思えない告白を否定するでもなく気持ち悪いと罵倒するでもなく、静かに聞いてくれた。時折詰まっても待ってくれて、近所の猫を見詰めるような温かさをもった瞳で俺を射抜く。握られた指が痛い。頭の端っこが痛い。心臓は今も激しく高鳴って、このまま爆発してしまいそう。

「好き、だ」
「ええ、僕も」
「……なあ、どうしたらいいんだろう」

好きだと思う。好きだと言われた。けれど俺には何をどうしたらいいのか分からない。もう頭がついていかない。堪らなく愛おしいのは間違いないのに、この想いをどう表現したらいいのか。恋人になってくださいと言われて、でも恋人とは何をするものなのか。俺はただただその綺麗な顔を見上げるしかできないのに。
古泉は俺の指と自らのそれを絡める。長くて細い、けれど男らしく筋張った指は滑らかで、かさついた自分の指が嫌になった。
顔を上げる。慈しむような目線にくすぐったさを感じ、我ながら情けなく眉が寄った。俺は今きっと顔が赤い、と思う。こんなにも変になるだなんて想像したこともなかった。ああもう本当にどうしたらいい。
古泉は口を開く。

「ゆっくりでいいんです」

子供に言い聞かせるような口調に肩に入った力がそろそろと抜けていく。手の甲を柔らかく擦られ、心臓がきゅうと音を立てて縮んだ気がした。

「何かあったらメールをください。貴方が気になったこと、何でもいいです。どんな話でも最後まで聞きますから。電話もいいですね。必ず出ることをお約束しましょう。甘ったるいことなどいりません、ただ、貴方の感じた通りに。そうして、帰り道で手を繋ぎましょうよ。家まで送りますから、皆と別れたあとに。もし貴方が平気なら別れ際に抱きしめたいです。デートは貴方の心の準備ができたら行きましょう。そのときは少しだけリードしたいですね。……ゆっくりで、いいんですよ。僕はいつまでも貴方のことを好きでいますから、何も焦ることなどありません」

耳に注がれる声音のあまりの温かさに、泣いてしまいそうだった。胸を埋めていた苦しさはいつの間にか小さくなっていて、もうどうしようもなく優しくなりたいとだけ思った。
遊んでいた指を捕まえて、強く握りしめる。握手するような形にすると上で古泉がきょとんとした顔をし、俺は泣きそうな気持ちで微笑んだ。
そうだ、まずは挨拶しないと。

「これから、よろしく」

一歩一歩、ゆっくりと進んで行こう。そして、こいつとの恋を綺麗に紡いでいくんだ。
古泉は、こちらこそと言ってまた笑った。





END.

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