思い、電波、乗せて。 部活時のくだらない会話だった。確か休日には何をしているか、という質問だったと思う。唐突に切り出した団長に休日を潰してるのはお前だろうと言ってやったら、家に帰ってからの話よと叱られてしまった。 ゲームをしたり本を読んだり、テレビを見て少しだけ勉強をして……。平凡ねぇと眉を上げたハルヒには気付かないふりをしてつらつらと続けていると、長門が興味を引かれたようにこちらを見た。朝比奈さんも古泉も俺の話に耳を傾けているらしく、自分のことを語ることに若干照れたことを覚えている。 「それとラジオを聞いてるな」 「ラジオ、ですかぁ?」 「ふうん。あまり聞いたことないけど、面白いもんなの?」 「おう、結構な。好きな曲がリクエストされると嬉しいし」 「好きな番組とかはあるんですか」 「ん、んー……。週末の夜のは、よく適当に聞いてると思うが」 「あはは、だからいつも月曜に眠たそうなのね!」 「うるさいぞハルヒ。そういうお前はどうなんだ」 「あたし? あたしはねぇ」 そんなたわいない、日常的な会話だ。次の日にはそんな話をしたことも忘れてしまうほど、珍しくもない世間話。 けれど、奴にとっては違ったらしい。 それから二週間経った土曜日。一日中ハルヒに連れ回されて疲れきった俺は力なくベッドへ倒れ込んだ。風呂に入り暖まった体はほかほかとしていて、このまま意識を飛ばしそうになる。いけないいけない、何のためにさっさと宿題を終わらせたんだ。 手を伸ばしてラジカセの電源を入れると流れ出すのは毎週聞いているラジオ番組。リスナーからの相談やらリクエストを紹介しながら雑談するオーソドックスな番組だが、その語りがなかなかに面白くてつい聞いてしまう。ちょうど始まったばかりのところだったらしく、早速リクエストの音楽が流れている。 『「この番組が大好きな友達が引っ越しちゃうので、是非流してほしいです」友達思いだなあ。寂しいだろうけど、笑顔で送ってあげられるといいですね』 穏やかな声でDJが話すのを聞いていると、心地よくて余計に眠たくなってくる気がする。笑えるようなものではなくこうして癒される番組だからか、リスナーからのメール等も心安らぐものが多い。日頃から非日常に疲れた俺には、今が貴重な気を楽にできる時間なのだ。 この番組が終わったら眠るつもりで布団を被っていると、幸せな気分になってくる。地味だと笑われたって構うものか、この感覚を知らないとはハルヒは損をしているとさえ思う。まああくまで俺の考えだが。 『さて次は、あの人に伝えたいのコーナーです』 ああ、始まった。この番組の中で俺が一番好きなのがこのコーナーだ。ラジオを聞いているかもわからないけれど、誰かに伝えたい今の自分の気持ち。そんなものをDJを通して流してもらうコーナーである。親に感謝を綴ったり片想いの相手に好意を伝えたり、ときには会社の上司への愚痴も寄せられるようだ。これがまたなかなか面白く、ラジオの向こうのリスナーの環境を想像すると様々な気持ちにさせられる。 今日の一通目は、母親が送った、これから生まれてくる子供に対してのメッセージだった。こういうのは泣けるから困る。DJの声も心なしか真剣で、何だか酷く切ない気持ちになった。曲もそんな方向のもので、存外涙脆い俺にとってはかなりの攻撃である。 『こういうのいいなあ。自分の親もこんなことを考えていたのかなと思うと、親孝行しなくちゃなって気になりますね』 全くだと頷きながら時計を見ると、まだそこそこ時間が残っている。きっともう一通くらいは紹介するだろう。 曲に対しての感想を述べているのを軽く聞き流して部屋の電気を消す。このコーナーが終わったら、あとはもうエンディングが待っているだけだ。電源を切ったらすぐに眠れるように、これもいつもしていることである。 『さて、次のお手紙です。ラジオネームPCIさん。「僕には好きな人がいます。誰にでも優しい人で本当に大好きなんですが、互いの立場などの問題があってなかなか思いを伝えられません」あー、何か事情があるんだろうけど大変だなあ。恋愛も自由にできないんじゃねぇ』 次は恋愛の話らしい。あまり自分自身に浮いた話がないからか、こういう類のものは聞きたいとそう思えない。直接言えばいいのにと考えてしまう。そんなことを言ったらこのコーナーの存在意義に関わるかもしれないが、恋愛なんぞは伝えなくてはどうにもならないではないか。ラジオで吐き出すより口にすればいい。成就する可能性だってあるだろうに。 『「Kさん、神様に隠れて恋愛してみませんか。あなたのためならば、僕は世界だって裏切ってみせましょう」』 ちょっと、待て。 『「鍵であるあなたが誰に好かれていようともう関係ない。僕はあなたが好きなんです」』 このメールには、知り合いと俺との環境に通じる言葉がたくさんちりばめられているように感じる。神様、世界。鍵? いや、けれど、まさか。 『「もしこれを聞いていてOKだというのなら、明日、いつもの喫茶店に来てください。待ってます」うわあ、熱烈ですね。Kさん聞いてますかーっ? うまくいくといいなあ』 流れ始めた甘ったるい恋の歌に顔を赤らめながら、俺は携帯を手にとった。もう寝ていたら、この番組は聞いていなかったら、一体どうするつもりだったんだあいつは。呼び出した電話番号は古泉一樹、ラジオなんていうものの向こうから告白をしやがった馬鹿野郎の名前である。 慌てた声でもしもしと言う奴を思い浮かべる。まずは何と言ってやろう。面と向かって言わないなんて男じゃないとか真剣さが足りないとか色々あるが、しかし。 「俺も好きだよ、PCIさん」 やはりこれが一番だろう。 きっとあの弱い超能力者はむせび泣いて目を赤めるろうから、明日の初デートは中止だ。そのかわりに家に押しかけたら、さてあいつはどんな反応をするのやら。 ちなみにそのまた二週間後。このラジオのおかげで付き合うことになりましたというメールが番組内で紹介されたそうな。 送り主のラジオネーム? はて、俺には分かり得ないね。 END. PCIは、「Psychic Itsuki」から |