BANG! 言葉は弾丸だ。僕はそう思う。たった一言で、人は人を救うことも殺すこともできる。 言葉は弾丸だ。だから僕は、言葉を発することが恐ろしくてならない。誰かを傷付けないか。誰かに軽蔑されないか。そんなことばかりが頭を掠めて、気が付けば本音など口にすることはなくなってしまった。普段からふざけたように心中を隠していれば誰も本気にとることはないだろう。それが虚しいなどとは思わない。僕がこういう態度をとっていることで誰かを傷付けなかったのならば、もうそれでいいのだ。 そんなようなことを彼に零したのは、ただの気まぐれだった。お前は本心なんか話さないんだな。そう溜め息を吐いたのを見て、少しくらいならいいだろうかと思ったのだ。僕の考え方を彼が知ったところで誰かに何かがあるわけではあるまい。それにこの発言だって、彼には僕が自らを偽ったために生み出されたものだと思われるはずだ。ならば何も、何も問題はない。 「馬鹿らしいと思わないのか」 眉を上げながら彼が僕に投げ掛ける。手には読みかけの雑誌。手持ち無沙汰に読んでいるもののようだったけれど、ボードゲームの相手がいなくなってしまうので僕としては楽しくない。そんな思いも口にはしないけれど。 しかし、馬鹿らしいとは何の話だろう。首を傾げればニュアンスが伝わったのか、こちらに向き直ってくれた。気怠げな表情はいつもと変わらない。けれど、ほんの少しだけ逡巡している雰囲気が感じられるようだった。 「そうやって偽ることがだ。馬鹿らしくはならないのか」 「と、言われましても……。僕は僕なりにこれが最善だろうと行動しているので」 「だったら、それで構わないんだと思っていることさえ馬鹿馬鹿しい。俺はそう思うね」 ついには唾でも吐きそうな顔をしてそう告げられる。一も二もなく切り捨てられるなど滅多にないことだから、少々驚いてしまった。彼は他人の意見を尊重、というか、一通りは聞いてから考えをまとめる人だと思っていた。いや、今回は特別なのだろう。僕の主張が彼の持論とあまりにも掛け離れでもしていたに違いない。 彼の言葉は真っ直ぐだ。捻くれてよれて中身のない僕の言葉などとは、違う。だからこそ一言一言が芯から強くて、たまに酷く泣き出したくなるのだ。時折否定されるのを聞く度に痛くて痛くて堪らない。ざくざくと胸の内側をえぐられていくようだと思う。放たれた弾丸がこの心臓を潰していく。それが辛い。僕は、彼が好きだった。だからこそ僕にとっての凶器である彼と心から向き合って言葉を交わすのが苦痛だった。けれどそのことを口にすることもない。言葉にして彼を傷付けるのが、いや、この思いを否定されて自分が傷付くのが嫌だったのだ。 彼は真剣にこちらを見ている。けれどどこか憂いを帯びた表情に、図らずも胸が高鳴った。 「確信が、」 「……はい?」 「確信が欲しいときって、あるじゃないか」 彼の言うところの確信が何のことかは分からなかったが、とりあえず曖昧に頷いておく。それを気にした様子もなく、彼は肘をついて僕を見つめ続ける。真っ直ぐな瞳はけれど何も語ってはくれない。それがもどかしくて、僕は腹の中で自らを嘲笑った。自分のことは話さないくせに、好きな人のことは知りたいなんて。全く勝手な人間だ。 「何となくこうなんだろうなと思うことはあっても、本当にそうかと問われれば自信がなくなることってあるだろう」 「はあ」 「もし自分の勘違いだったら恥ずかしい。だが、きっとこうに違いないと思う。ああ確信が欲しい、証拠が欲しい。ってな」 「そう、ですねぇ」 「で」 彼が微笑みを浮かべる。稀にしか見ることのできない優しい表情だ。僕はいつだってそれに釘付けになってしまう。決して口に出そうと思えない感情を吐き出しそうになるほどに。 「やっぱそういうのって、言ってもらえなきゃ分からんよな」 言葉は弾丸だ。僕はいつも思う。そうでなければ発せられる一つ一つの音に、こんなに幸せになったり苦しくなったりするはずがないじゃないか。労られる度に抱きしめたくなるのも、けなされる度に消えたくなるのも、弾丸が胸を貫くからだ。一種の感動でもって僕を揺らすからだ。 だから僕は、自らを隠す。誰かに変な誤解を与えないように。悲しませないように。彼が無意識に僕へ課すような思いを、誰にもさせないように。彼自身にさえ。 けれどもし向けられる弾丸に、愛が込められていたならば。 「俺はお前が好きなんだが、」 お前もだよな? そう喉を鳴らす彼に、僕は言葉の威力を知る。そんなこと知らなかった。言ってくれなければ分からない。理不尽な言い分だと理解していても、そう思わずにいられなかった。 ああ、僕は。彼に撃たれた。 END. |