さて、またね

卒業式





スカートが翻った。僕にはそれがひどく眩しいものに思えて、意図的にでなく目を細める。笑ったようにでも見えたのだろう。彼は小さく鼻を鳴らして空を見上げた。清々しいほどの晴天だ。旅立ちの日には丁度いい。
桜が咲くにはまだ早い。けれど、今日は今年が始まって一番暖かい日なのだそうだ。しっかり制服を着込んでいるので少しばかり暑いように感じる。重要な行事ということで彼も先程まではボタンを留めネクタイもしめていたのだが、今ではもういつもの格好だ。彼女たちは暑さなど気にしないといった風で制服をはためかせる。一足先に卒業してしまった先輩は、唯一私服姿だけれど。

「早かったな、本当に」

彼が涼宮さんの背中へ声をかけ、そのまま僕を置いて先へ行く。長い坂道を下りつつあった彼女は振り返って実に楽しそうに笑った。そこに中学時代の退屈を持て余した少女の面影はない。ただ、一人の美しい女性が笑顔で立つだけである。

「全くね。こんなに一瞬で卒業だなんて、タイムトラベルでもしたみたいだわ! ねぇ、みくるちゃん」
「ふぇええ? す、涼宮さあん、タイムトラベルなんて……」
「分かってるったら。ものの例えよ、ものの例え!」
「……お前の言うことは冗談に聞こえないんだよ。もっと感傷的にでもなってだな」
「何よキョン、あんたみたいになれっていうの? あんなにボロボロ泣いちゃって、今だって鼻声じゃない!」
「う、うるさい!」
「ふふ、キョン君可愛いです」
「朝比奈さっ」
「興味深い」
「……ったく、長門まで」

きゃらきゃらと笑い合う仲間たちを眺めながら、僕は自分が思ったよりも悲しんでいないことに気が付いた。僕は、この空間がこの関係が好きだったのだ。昔の自分が見たら声を上げて驚きそうなほど彼らとの日々を愛おしく思っていた。だからこそ、この別れの日に冷静でいられる気はしていなかったのだ。
けれど今、胸に悲愴は浮かんでいない。彼のように思い切り泣いてしまいたい心地はする。だがそれは悲しいのではなく切ないのではなく、単純に懐かしさと喜びからなのだと思う。三年間の思い出、そのあまりの優しさ。この僕が彼らと共に過ごせたこと、そんな偶然に対する感謝。幸せな感情に満たされて、これ以上舞い上がれない。大丈夫だ。僕らは離れたって、大丈夫だ。
卒業式。別れを告げるはずの行事に、僕はむしろ、胸を踊らせていた。
彼がこちらを見る。信頼の篭った笑みに、心臓が小さく跳ねた。三年間抱き続けた感情に、彼は気付きやしない。僕を苦しめるだけな彼への思いだって、今はもう愛おしい気分だ。何だってできる気がする。そして未来は無限だ。僕らにはまだまだ時間がある。彼を愛することだって、きっと。

「古泉、行くぞ」
「古泉くーん、置いてっちゃうわよー!」
「こ、このあとは喫茶店だそうですよーっ」
「……ケーキ」

大分離れた先からかけられる声は温かい。今や仲間たち全員が眩しくて、目を開いているのが辛いくらいだ。けれど僕は笑う。彼らが楽しそうなことが嬉しくて、これでもかというほど笑ってやる。
今日が別れの日だなどと、一体誰が言い出したのだろう。僕たちは確かに高校を卒業する。けれどそれは子供を卒業するということでもあるではないか。僕たちはもう大人だ。会いたいときに会いたい人のところへ行ける。別れなど、僕は信じない。

「……これからもよろしくお願いしますね」

至極小さな声で言ったつもりだったが、どうやら皆に聞こえてしまったらしい。涼宮さんは満面の笑みで、彼は溜め息を吐きながら、朝比奈さんは控えめに微笑み、長門さんは相変わらずの無表情のまま。声を揃えて、苦笑する僕に告げるのだ。
当然じゃないかと。





END.

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