はつこいにおやすみ
モブ→鳥注意。モブ視点。




高校の入学式だった。僕は親に頼み込んで入った私立の学校を前にどきどきと胸を高鳴らせていた。
緊張は、確かにしていた。けれどそれは、友人ができるかどうかや、先輩に目をつけられないかどうかや、はたまた勉強についていけるかなどといった多くの新入生が抱くであろう不安の混じったものとは少し違った。
僕は、興奮と共に後悔していたのだ。



鳥井真一は、不思議な少年だった。
まずずば抜けて頭がよい。特別勉強している姿なんて見ないのに、むしろ授業中は退屈そうにしてノートすら真剣にとっていないくせに、テストはいつも高得点で黒板に書いた数式は毎回二重丸をもらっていた。
次に、とても綺麗な顔立ちをしている。取りたててきらびやかなわけではないのだけど、涼しげな釣り気味の瞳とすっきりと薄い小さな唇。本当に男かと疑いたくなるくらい白い肌は、同学年の男子のように外で遊ばないからだろう。うすっぺらくて小さくて、女子みたいだけれどちょっと冷たい顔立ち。鳥井は綺麗だった。
最後に、人と群れない。休み時間はいつも一人で本を読んで、移動教室もいつの間にか一人でさっさとしている。特に親しい友人もおらず、けど浮いているわけでもない。
鳥井真一は不思議な少年で、また特別な少年でもあった。
誰もが彼に一目置いていた。分からない問題は彼に聞いたし、女子は彼に日焼け止めは何を使っているのか聞きに行った。鳥井は会話はしてくれるけどやっぱり一緒にいようとはしてくれなくて、皆が彼を意識していたというのに本人のみが何も知らない風で、いつだって淡々と、ただそこに存在していた。
がきんちょでしかない中学一年が終わり、二年もあっという間に終わった。僕は鳥井と二年間同じクラスだったけれど、結局友だちになることはできなかった。朝あいさつをして、用事があれば話しかけて、それだけ。鳥井はやっぱり一人で、誰かの視線を受け流しながら生きていた。
彼は特別なのだと思っていた。特別だから頭がよくて綺麗で不思議な雰囲気を持っているのだ。それを邪魔してはいけない。友だちになりたいという気持ちは知らず知らずおかしな方向に歪んで、いつしか挨拶をしないようになった。遠目に眺めるだけで、声をかけなくなった。鳥井はやっぱり一人ぼっち。それを満足に見ていた。三年で違うクラスになっても、それは変わらなかった。
いつからだっただろう。気付いたときにはもう、鳥井はクラスから、いや、学年から孤立していた。そのころは、ああやっと彼が特別な人間なのだと皆が思い知ったのかと、少し誇らしい気持ちにさえなっていた。
彼は特別だ。だから一人でも平気で、一人でいなくてはならないのだと思っていた。誰も、彼の隣にいるのにふさわしい人間などいないのだと、皆やっと気づいたのかと。
いじめられていたのだと知ったのはずっと後のことだった。僕は何も知らず、鳥井のことを恍惚と眺めていた。俯いた白いうなじを。風に揺らいだ細い髪を。頼りない指がこれまた頼りない腕をつかんでいるのを。ローファーが土をじれったくなぞって、僕はそれらをいつも、美しいものだと感じていた。
そうして僕の知らないところで鳥井は一人に「され」、学校に来ることが少なくなっていった。学校をよく休むという特別さに僕は俄然彼への陶酔を深めていった。
けれどある日を境に鳥井は一人ではなくなった。彼の周りにまとわりつく人物が現れたのだ。
坂木司。鳥井と同じクラスの男子生徒。背が少し高いのが目立つくらいで、他は全く凡庸な奴だ。頭は悪くないという程度らしいし、顔立ちも人がよさそうな以外は平凡そのもの。普通に友だちがいて、普通にクラスになじんでいたらしい。鳥井をいじめから庇うまでは。
鳥井がいじめられていた。正直、その事実を知ったところで驚きはしなかった。人は異分子を排除したがるもので、鳥井はその異分子そのものだったからだ。特別とはそういうことだ。僕は妙に納得した気持ちで、友人の噂話を聞いていた。坂木はどうやらそのいじめを教師に暴露し、鳥井を守り、友人の座を手に入れたらしい。これに関しては納得できなかった。
どうして。そう思わずにいられなかった。
誰も彼のそばに置いてはいけないというのに、鳥井はよりにもよってあんな何の変哲もない凡庸な男が隣にいることを許したのだ。
どうして? どうして坂木なの? どうして、どうして僕ではだめなの?
ああ、この感情が嫉妬であり、僕は坂木のように鳥井の隣に立てるようになりたかったのだと気付いたのは、受験校を決める一週間前。今やすっかり学校を訪れなくなってしまった鳥井が受ける学校については、噂で聞いていた。
僕は、鳥井真一と坂木司が受ける学校へ通うことを決めた。



「一生徒として恥じないような態度を――」

どの学校であっても校長も話というのはつまらないものらしい。中身のあるようなないようなことを長々と語るのを受け流しながら、僕はクラスの席に視線を向ける。もう何年も追いかけていた人の頭は、すぐに見つけることができた。
癖のないストレートの髪。中学で最後に観た頃より少し伸びただろうか。顔までは見えないが、きっとあの涼やかな釣り目と引き結んだ小さな唇とで不機嫌そうな表情を作りつつ、真面目に校長の言葉に耳を傾けているのだろう。
鳥井。鳥井。君を追いかけてきたのだ。僕ははじめて、自分から彼に近づこうとしている。

「鳥井、真一。だよね?」

訝しげな視線。解散を告げられ思い思いに教室へ向かう波に抗うようにあの頭をめざし、釣り目を見下ろす。
誰だろう、という目。少しだけ怯えが見える。名前を知っているということはほぼ確実に同じ中学校なわけで、鳥井のいじめについて知っている人間なわけだ。だから、僕を警戒しているのだろう。ぱちんぱちんと、特別という言葉が弾けていく。

「誰だよ。何か用か?」
「覚えてない? 一年と二年のとき同じクラスだったでしょ」
「覚えてねえよ。質問に答えないんなら、俺は行くぞ」
「ちょっと待ってよ、ねえ。僕、君と友だちになりたいんだよ」

びくり。僕に向けられた背中が小さく震える。恐る恐るこちらを振り返る。そんな仕草、これまで見たことなかった。唇が、変に歪んだ。

「友だち?」
「そう」
「俺とお前が?」
「そうだよ」

鳥井の唇も笑みを形作っていた。胸の辺りがぎゅうっと痛くて、僕は知らず制服の胸元を掴んだ。真新しい制服に皺が寄る。
鳥井はそっぽを向いて、吐き捨てるように言った。

「友だちなんて、いらねえよ」

ああ、と思う。いつか望んだはずの答えだ。友だちなんていなくても平気で、一人で平然と生きていける鳥井。かっこよくて、憧れで、ずっとそのままであってほしいなんて願った。どうせ自分が彼と共にいられないのなら、他の誰も彼に近づいてほしくなかった。彼が特別なのではなくて、彼の特別になる人物が現れてほしくなかった。そして、もしも可能性が何百分の一でもあるのならば、自分がその特別に、なりたかったのだ。

「鳥井!」

聞いたような聞いたことのないような声が背中からかかる。坂木だ。相変わらず平々凡々な顔だけれど、今は表情に焦りが見えて、人がよさそうだというそれだけではない。

「どうしたんだよ、列にいないから探したよ」
「どうしたもこうしたもねえよ。呼び止められたから、少し話してただけだ」
「そうだよ、何もないから安心してよ。君は、坂木だっけ?」
「あ、もしかして同じ中学出身? よろしく」
「うん。僕はぜひ鳥井ともよろしくしたいんだけど、さっき拒否されちゃったよ」
「……鳥井、お前ちょっとは愛想よくしろよ」
「うるさいな。いいんだよべつに」
「よくないだろ、せっかく声かけてくれたのに」

話ながら、二人が歩き始める。坂木は鳥井の隣に立って、彼をじっとみおろして、隣をごくごく自然に歩いていく。僕はその少し後ろをついていく。けれどここからでは、鳥井のつむじだって見えやしないんだ。
ああ。また思う。僕は一体どこで間違えたのだろう。今の坂木の位置にいたかった。鳥井の隣に立つことを許されたかった。
けれどもう遅いのだ。坂木は鳥井に声をかけ、友人となった。僕は今更話しかけて拒絶された。それだけのことだ。もしかしたらちょっとタイミングが違っただけなのに、こんなにも異なる結末。だのに僕は未練がましくも後ろからじっと、相変わらず薄っぺらい背中を眺め続けている。
同じ高校に進んだのは多少やましい気持ちもあったけれど戒めからだった。一人の少年への好意を崇拝にかえ、勝手に希望を押し付けた。助けようともしなかった、何も思わなかった。自分勝手なそんな自分への、戒め。
鳥井は坂木と何やら話して、笑っている。僕はそれを、後ろから見ている。ただ見ている。
ああこれは、初恋だったのだ。
声も出さずに笑って、僕は髪を、うなじを、背中を、いとおしく見つめた。二度と届きはしないだろう、それらを。





END.

2013/05/05

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