鬼雨


秋由/ED2




あいつの声がする。怨んでいる声がする。
さあさあ。ぼたぼた。名残惜しいような音を立てて、窓を屋根を雨粒が叩く。



泣いているのだろうか。夢現を彷徨いながら、そう思った。いくら心を寄せても返事は当然のようになくて、秋良は唇を引き結んで布団を頭まで引き上げる。
がたんがたんと、嵐のような雨はずっとやまない。昼間でさえこの世が終わってしまうんじゃないかというくらいの暗さだったのだ。日も沈み切りヒトも皆寝静まったような今なら、外はもはや闇の中だろう。秋良が身を隠している、布団の中と同じ程度には。
今はいったい何時だろう。秒針の進む音も窓を叩く雨音にかき消されていて、一秒の速さですらよくわからなくなってくる。目を閉じても開いても眠れなかった。がたんがたんざあざあ。騒がしい音楽は続く。その音量と反比例するように秋良は自らの呼吸をひそめて、何かから隠れるように体を小さく丸める。
ひどく、恐ろしい心地がしていた。
ばたばた。まるで何かを責め立てられるように雨が叩きつけられる。耳をふさいでも頭にまで響いてくるような騒音は絶えない。じりじりと痛みだしそうな頭の中に浮かぶのは、もうこの街にはいない、少しの間だけ友人だったのかもしれない少年のこと。
彼は自分のことを怨んでいるのではないかとそう思うことがある。どこかで聞きかじったような正義を振りかざして彼の仲間を幾人も殺し、彼自身もこの街から追放するに至った。それが、秋良が昔からずっと望んでいたはずのこと。平和が訪れて、脅威など何もなくて、大切な人を大切に思うまま時間が過ぎ去っていくことを、秋良は求めていたはずだ。
後悔をしているわけではない。今でも自分が間違ったことをしたなどとは思わない。それは自分に対しても街に対しても、あやかしたちに対しても失礼にあたるのだと思っている。決して後悔してはならないのだ、選んでしまったことを。
けれど、時折ひどく、恐ろしくなる。
がたん。
ひときわ大きな音を立てて窓が揺れる。思わず震えた肩に失笑して、秋良は大きく息を吐き出す。
雨と風の音がまじりあって、まるで亡霊がすすり泣いているようだ。あやかしに食われたヒトや秋良の友人か、朱史に消されたあやかしか、はたまたその朱史自身か。もしくは、あの少年か。誰かが恨み辛みを重ねながらすすり泣いているようだと、雨が降るたびに思わされる。
なんてひどいことをしてくれたんだ、自分の正義に酔って盲目的に守りたいものだけを守って、その他はどうだっていいのか。じりじりと責められ詰られるような、圧迫感と恐怖を抱いている。
心の鬼が、彼らを憐れに思う気持ちが作り出した幻聴なのだろう。亡霊はすべて街から消えていったはずだ。もうここは、影の街ではない。わかっている、それでも。

「……ゆえ」

吐き出した息に含ませて、小さく小さく名前を呼ぶ。ついに一度として本人を前に口にすることがなかった名前。あのふてぶてしくも脆い少年によく合った、かわいそうで柔らかな名前。彼を呼べなかったことだけは後悔しているかもしれない。きっと、文句を言いながらも照れくさそうに笑っただろうに。
もう一度、噛み締めるように名前を呟く。少しずつ少しずつ飲み下すように。
ふと、騒がしさがなくなっていることに気付く。叩きつけるような音も雫の滴る音も聞こえない。秋良はもぐりこんでいた布団から這い出した。布団の中も外も真っ暗だ。指先ですら判別できない闇の中、そっと耳を澄ませる。
静かだった。夜とはこうあるべきだと感じさせられるほどの静けさだ。人の話し声も動物のうなり声もしない。もちろん雨も、もう降ってはいないらしい。
じわりと、苦しさが顔をのぞかせる。彼の名前を呼んだ途端に亡霊の声が止むだなんてできすぎだ。泣くのをやめたように、悲しいことが過ぎ去ったように。まるで、秋良が名前を呼んだから許してくれるのだとでも言いたげに。
覆い隠してきたものが晒されていく。本当は、今彼に会えないことが、ひどく苦痛なんだと。罵られても殴り飛ばされてもいい。それでも顔を突き合わせて、曖昧のままに彼を追い詰めた正義だとか、苛立ちをぶつけてやりたい。このもやもやとした苦みも、彼と会えばどうにかなるような気がしている。怨まれるくらいならいっそ直接罵声を浴びせかけられて、そしてあのふわふわとした髪に、一度でいいから触れたかった。

「由、由。オレは! オレは……」

怨まれても、憎まれても、それでもまだ待っている。彼は亡霊などではないのだ。雨などに気持ちを託さなくとも、いつかきっと秋良のもとへ伝えに来る。それを、いつまでも。
かたんと風に吹かれて窓が鳴く。もう、目も耳も閉じる必要はない。





END.

2012/06/03

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