君の愛が遠い理由





「秀は、幼女が好きなんだよな」

何を今更、という視線を向けられるが、健は気付かないふりをして重ねた腕の上に顎を乗せる。仕事が面倒になったというのもあるが、単純に気になったことがあった。嫌そうな顔をされるだろうことも承知の上だ。
女性陣が帰ってしまった後の生徒会室は妙に静かな気がする。秀は口数が多いほうではないし、健とする話題も特にないのだろうからただ黙々と書類をめくっている。健も同様、秀と共通の趣味があるわけでもなし(あえて言うならば健もオタクだが、軽度な上にジャンルにおいて異なっているのでやはり話は合わないのだろう)、共通の友人がいるわけでもなし。黙り込んで仕事を消化していたが、前々から聞きたかったことを思い出した。せっかく二人きりなのだ、たまには積極的に会話に勤しんでもいいだろう。
寄せられた眉を見上げて苦笑する。話しかけられたのが不快だったのかもしれない。この生徒会の中で唯一の男子生徒。それなのに一番距離があるのもこの男だ。

「それって、二次元だけの話なわけ?」
「言わなかったか。俺は三次元なんて嫌いなんだ。例えどんなに可愛らしい幼女であろうと、リアルに存在している時点で俺には興味を抱けるとは思えないな」
「ふうん。どうして?」
「どうしてって、何がだ」
「どうして三次元じゃ駄目なんだよ」
「馬鹿か」

ふん、と鼻で笑われる。どこか気障ったらしい仕草でも、秀がすると妙に様になる。それだけいい男なのだ。世間の女性はもちろん彼を放って置こうとはしない。体全体で自分の存在をアピールして、彼の愛情を得ようと必死になる。けれど彼の視界には決して入らない。決して。
健はそれが不思議だった。彼にとって二次元とは、あくまでフィクションだ。画面の向こう側だ、手の届かないものだ、憧れでしかないものだ。現実とアニメや漫画が違うことはよく知っているし、時折二次元に行きたいなどと少々痛いことを思わないでもないが、住み分けはできている。二次元での所謂嫁と、現実世界で好きになる人は別物。触れることが許される分現実での人たちの方が大切だと思う。
けれど秀は、三次元など消え去ってしまえと真顔で言う。この世界で生きているのにも関わらずだ。三次元の上にある二次元を見ているのではない。彼には画面の向こう側しか見えていない。そう感じることが不思議で、少しだけ怖い。

「三次元の幼女は可愛らしいことをするだけじゃあないだろう。暴言を吐くこともある、生意気も言う。食事の際の汚さなんて、目を覆うぞ」
「それは、しょうがないとしか言えないけど」
「それに、三次元というのは成長する。ちょっと顔見ないだけで急に子供じゃなくなる。二次元はずっとそのままなのに。俺は変化があまり好きじゃない」
「ふうん」

気持ちは分からなくもないと、まとめた資料をホッチキスで止める。
生きている限り変化を免れることはできないだろう。こうして呼吸をしているだけでも何かが変わっていく。いくら好きなものがあったとしてもいつまでもそのままでいてくれるわけではない。それが寂しいというか、許せないというか、気に食わない気持ちは何となく分かる。しかし健としては、その変化込みで現実世界はいいものなのだと思いたい。秀の主張は何となく受け入れがたいものだった。

「お前が誰かを好きになるなんてこと、あるのかねー」

秀の「愛」は、雨のようだと思う。何か一つに注がれることのない、しかし局地的な。彼が愛しているのは幼女であり二次元であり、誰か特定なものに傾倒しているわけではない。自分が愛おしいそのままの姿で画面の中にいてくれればそれでいいのだろう。
異常だとは特に思わなかった。ただ何となく寂しい話だなと、健は机の上を片付ける。

「もし」

囁くような声に視線を上げる。こちらも仕事を終わらせたらしい秀が、健の方をじっと見ている。思わず肩が震えた。重い視線だと思った。こちらから逸らすことができない。

「変化をも好きだと思える相手ができたら、あるいは」

三次元の誰かを愛せるかもしれないな。
薄く微笑んだ秀は、職員室へ行ってくると言葉を残して室内を後にする。重厚な扉が閉じる音と、静寂。残された健は息を吐き出して机に突っ伏した。
変に緊張した。変にくすぐったかった。なんだあの笑顔、なんだあれ。秀が笑っているところなど滅多に見ることはできないが、どんなゲームのどんな素晴らしいスチルを見たときよりも、どんなアニメのどんな素晴らしい回を見たときよりも、温かくて優しくて熱っぽい笑顔だった。そしてそんな表情に動揺している自分が不可思議でならなかった。
混乱を極めている健は、扉の向こうで秀が顔を赤らめていることはもちろん、健自身の顔も真っ赤になっていることに気付くことはないのだった。





END.

2011/04/06

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