彼の美しさ 人間にしてはこちらがわに近く、妖魔にしては染まりきっていない。曖昧だからこそ美しいのだろうかと、鬼灯はふと思った。 律は美しい。あまり美醜というものに頓着せずこの世に存在してきた鬼灯でさえそう感じる。さらさらと指を抜ける髪に大きめだが鋭さを持つ瞳。すっと通った鼻筋には男らしさもあるけれど、小さく結ばれる唇の慎ましさは女性らしいともいえる。幼い頃は魔除けに女の格好をしていたというが、それもさぞかし似合ったことだろう。しかし今の律よりも女装をした姿の方が美しいかと問われれば、首を傾げるしかできない。このままの姿でいても、いや、いるから律は綺麗だ。そう思う。 「無防備だなあ」 縁側でうたた寝をする律を、鬼灯は眺める。起こすでもなく静かにするでもなく。ただ日の光が強すぎて彼が目を覚ましてはつまらないので、日陰になる角度で眺める。眺める。睨むように目を細めはするが、その視線は律を形作る部分部分を噛み砕くように捕らえていく。 柔らかな色合いの睫毛が頬に影を落とす。淡い桃色の唇が夢を食む。繊細だが筋ばった指が何かを求めるように開閉される。 彼は何を夢見るだろう。人間の夢か、それとも妖魔の夢か。何を取り繕うこともできない精神の世界で、彼は自分を何物に位置付けるだろう。 鬼灯は律に、妖魔になってほしかった。けれど人間でもいてほしかった。 妖魔だったら、鬼灯はいつだって律に会える。学校に行くこともない、誰かの事情に巻き込まれることもない。多くの妖魔がそうであるように、ただただ自らの享楽のためにふらふらとしていられる。それに人間よりもっと長い時間を生きられるのだ。人の命は短い。それを鬼灯は、とうの昔から知っていた。 けれど律が妖魔になったとして、それは本当に律なのか。曖昧であっても少なからず人間だからこそ彼は美しいのかもしれないと思いもする。過去のまだ幼さの残る彼が美しかったように、今の鋭い若さが美しいように、いつか来るだろう老いたシワも美しいであろうように、変化すら彼の魅力となる。元来世の中とはそういうものだ。変化するから今が美しい。そういうことだ。 ならば無理に時間を止めてしまったら、彼の今は歪んでしまうのだろうか。いや、それすら変化なのだろうか。とにかく、美しかったはずの彼が醜くなるのを見るのだけは嫌だった。たとえそのままにしておいてはいつか消えてしまうのだと分かっていても。 「律、律」 多分彼は、今のままが最も美しい。妖魔でもない人間でもないその曖昧で朧気なところが、彼を引き立てる。妖魔から見ると息を呑むほどに美しく、人間から見ると息を呑むほどに恐ろしい。それでこそ飯嶋律なのだ。 睫毛がゆるりと震える。意識が覚醒していく様を、鬼灯はただじっと見ていた。名前を呼べばこちらを見付けてくれる人間の友人。本当は彼が過去の友人の孫でなくても、人間でなくたっていいのだ。律。彼がただ彼であるまま、鬼灯の声の届くところにいてさえくれれば。 「ん……?」 「律。早く起きなよ、つまらないじゃないか。今すぐにでも起きなければ食べてしまうよ」 「え、鬼灯!? なんで勝手に入ってきてるんだ……っ」 「おはよう。何故と言われても、用心棒もいない家になぞ侵入するのは簡単さ」 「あ、青嵐どこだ!」 可愛い。愛しい。憎らしい。恐ろしい。いや、曖昧さが美徳ならば、この感情に名前を付けるのも無粋というやつなんだろう。 だから鬼灯は笑う。長く生きてきた分人間のふりをするのは得意だ。人間のように、律のように、曖昧さの中に気持ちを隠す。美しい彼を汚さないように、けれど美しさに心奪われるなんて人間じゃあるまいしと笑って、否定に否定を重ねて。 「律」 「……なんだよ」 「遊ぼうか」 律。律。律。 笑顔の裏の混沌とした感情に、彼は気付かない。 END. 2011/04/18 |