灯♀由

由が女の子です。灯吾が結婚したり由に子どもがいたりいろいろですが灯由です。





嫌いなのは、赤色。誰かに笑われたり、自分でも茶化して言ったりしながら、それでももうずっと赤が嫌いだった。
灯吾は一直線でしかなかった少年から柔軟な青年になり、椿の家を継いでいる。仕事は地元で見つけやりがいも感じている。大学でであった女性と結婚もした。子どもも生まれ、父と妹も含め家族で過ごす穏やかな生活。
何の障害もなかった。苦しい時期がなかったとは言わないが、今思えば思い出はすべて美しいもののように感じる。青臭く、だからこそ眩しいほどに美しい。母のことも名も知らぬ友人のことも今では懐かしい限りで。
けれどただひとつ。棘のように灯吾の胸をちくちくと刺す記憶があった。
たった数日を共に過ごした大切な人。彼女と顔を合わせた最後の日、あの子は優しく突き放すように灯吾のことを受け入れた。拒絶しないでと言いながら顔を背けた。自分と同じように、まだ幼い身体だったのだ。顔立ちも同様にあどけなく、けれどその表情は大人びているなどという言葉で濁すなんておこがましいほどに、痛ましいものだった。どうして、何があった。どんな言葉をかけたところで微笑みを崩さない。頬を濡らした涙の意味も、教えてもらうことなく。
少女を抱いた次の日、神社に彼女の姿はなかった。誰もそんな子どもは知らないと言った。灯吾はまた一人、大切な人を失ったのだ。
ああ、共に見た夕焼けも、彼女が身に纏ったマフラーも、すべて赤だった。少女が噛み締めたせいで唇からにじみ出た赤。一人茫然と帰った灯吾を迎えた、庭先に咲いた赤。特別な色で、憎らしい色。



息子が帰って来る時間だ。時計を見て、灯吾は溜め息を吐く。
せっかくの休日だというのに結局一日中仕事をしてしまった。昔から真面目だと言われてきたけれど、職に就いてからは特にそんな言葉をかけられることが多くなった気がする。無理をしないようにと家族の誰もが言う。

「別に真面目なつもりはないんだけどな」

苦笑して、さっきまで同じ部屋で洗濯物を片付けていた嫁がいないことに気がついた。買い物にでも行ったのだろうか。父も妹も出かけていて今家には灯吾しかいない。少しマザコンの気がある息子は、母の不在に残念そうな顔をするのだろう。そんなところもいとおしいと思う。なにせ自分と血のつながった子どもだ、無条件にかわいらしい。
がらり。古めかしい家が扉の開く音に震える。バタバタと廊下を走る足音に、またひとつ溜め息。開かれた襖の向こうに見慣れた子どもが立っている。息子は、灯吾の子ども時代よりも少しやんちゃである。

「家の中は走るなって、」
「ただいま! お父さん、友だちが来てるんだけど上げていい?」

きらきらとした目でそう聞かれ、出鼻をくじかれる。母親が出かけていることにも気付いていないくらいに友人の訪問が嬉しいらしい。これまで家に招くほど仲の良い知り合いもいなかったようだし、仕方ないだろう。注意はまた今度にしようと、笑みを浮かべる。

「大丈夫だって。おいでよ!」

玄関に向けて声をかける様子は心底楽しげだ。学校の友だちか、違う学年に趣味の合う子でも見つけたのか。なんにせよ親しい相手がいるのはいいことだ。
とたとたと静かな足音が近づいてくる。少なくとも息子のように走り回るようなことはしないような子らしい。ちらりと覗いた鼻先に、灯吾は微笑みを浮かべた。それも、一瞬のことだったけれど。

「おじゃまします」

高く澄んだ声。ああ、女の子かなと思う前に、視界で揺れた髪に目が釘付けになる。
白に近い、色の抜けた髪。ひよひよと無造作に跳ね回っているそれは、奔放な性格を表しているよう。透けてしまいそうなほどにこれまた白い肌に頼りなさげな細い肢体。
由。声が飛び出そうになった。あのとき自分と同じ年くらいだった少女が現在こんなにも幼いわけがない。分かっている。それでも今にも抱きしめて、怒って、泣きだしそうだった。それほどに、記憶にある由と息子の友人は似通っていた。
ただ、こちらをじっと見つめる瞳は記憶にあるものとは違う。由の眼は月の光のようだったが、目の前の少女のそれは海の色だ。見覚えがあるなと感じるのは、鏡の向こうの自分と同じような色だからだろうか。
ぞくりと、知らず震えが走った。

「さっき知り合ったんだ。最近引っ越してきたばかりで友だちがいないんだって」

無邪気に語る声が耳をすり抜けていく。手を取り合って笑っている二人の姿はとても微笑ましいものだ。そのはずなのに、灯吾の背中には汗が流れていく。
子どもが欲しいのだと、由は言った。灯吾はたしかに由を抱いた。ありえなくはないのだ、けれどまさかそんなはずはないと、今まで思い至らないふりをしてきた。そうして一蹴してきた可能性が、今目の前で形をとろうとしている。

「よろしくお願いします。えっと、おとうさん?」

少女の唇は、気が遠くなりそうなほどに真っ赤だった。



2013/09/20

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