そしたら大人を壊しにいこう

幼なじみな静雄と帝人





泣きそうなときにはいつも背中を撫でてくれた。いくつも年上の彼は同学年と比べても小柄な帝人からすると大人のようなもので、その大きな手の平が肌を撫でればもう何も怖くないような気がしていた。
けれど彼も、静雄もやはり子供なのだ。そう気付いたのは声を殺して涙を流す姿を見てしまったとき。帝人が小学校低学年だったから、静雄は中学生くらいだっただろう。優しいけど不器用、帝人を大切にしてくれるけど自分のことは蔑ろにする大好きな幼なじみの弱々しいところを見たのは、このときが初めてだった。

「しーちゃん……?」

普段と違う静雄の様子に困惑したせいで、口にしたあだ名は消え入りそうなほど小さい。けれど静雄には聞こえたらしく、ひくりと肩を揺らしてこちらを振り仰いだ。手負いの獣のように恐る恐る警戒していた彼は、声をかけてきたのが帝人だと気付いた途端安堵したように息を吐いた。そして次の瞬間、思い切り眉を下げる。
泣きそうな顔だった。いや、目尻の赤さから先まで泣いていたことは間違いない。けれど泣き顔よりももっと悲痛で、苦しそうで、絶望を知ったような表情は、帝人には泣きそうな顔と以外に表現できなかった。

「帝人……」
「しーちゃん、泣いてるの? どこか痛い? ケガした? しーちゃんはケンカは強いけど、ケガしちゃやだよ」
「違うんだ帝人、違うんだ」

違う違うと頭を振る静雄がなんだか痛ましくて悲しくなった帝人は、彼の側へ近付いた。いくら平均より背の高い静雄であっても、座り込んでいるのならば帝人よりも小さい。再度静雄の肩が震えたのに首を傾げつつも、小学生の手の平がその広い背中を撫でる。
目に見えて震えの落ち着いていく様子を見て帝人は少しだけ笑ってしまった。いつもならこうして慰めるのは静雄の役目だ。立場が逆転して自分が大人になったようで、なんとなく誇らしかった。
静雄は伏せてしまった瞼を上げ、帝人を見遣る。切なそうにまたくしゃりと顔が歪んだ。

「先生に呼び出された。同級生の親から苦情がきたんだとよ。俺みたいなのが子供と同じ教室にいると思うと心配で堪らない、早くどこかに移してくれって」
「うん」
「先生は、転校はさせられないからって宥めたって言ってた。で、俺にもう少し大人しくしてくれないかって。できるんならとっくにしてるのによ……」

膝に埋められた顔はまた苦しげに歪んでいるのだろう。それが悲しくて悲しくて、帝人は小さな手を限界まで広げて、小さくなった静雄を抱きしめた。
大人はバカだ。帝人は思った。学校の先生も、静雄の同級生の親も、静雄が通り掛かる度に噂話をする近所の人も、みんなバカだ。何も分かっていないくせに分かっているつもりになって、他の人と同じように振る舞う。帝人の幼なじみはこんなに優しくて、かっこよくて、綺麗な人だというのに。何も分かっていない。
つい先程までの憧れだった大人という存在が急にくだらないものに思えて、帝人は静雄の茶色がかった髪を握りしめる。静雄を大人だと思っていたことも、自分が大人に近付いた気になったことも、大人になりたかったことも、今は全てが恐ろしかった。

「しーちゃん。僕、大人になんてならないことにする」
「帝人?」
「しーちゃんを傷付けるようになりたくない。僕はずっと子供がいいよ。しーちゃんも子供でいよう? 誰かを傷付ける大人になんてならないで」

言い終えると同時に、抱きしめていたはずの静雄から抱きしめられる。彼の力は類を見ないほど強いのだけれど、帝人に触れるときは他の誰に触れるときよりも優しくて丁寧になる。まるで卵の黄身を手に持つようだと思う。割らないよう、潰さないよう、大切に。
あまり暖かくて帝人は思わず泣いてしまった。それに気付いた静雄の手の平が静かに背を撫で付ける。それはまだ子供の手の平だった。涙が止まらない。こんなに優しい人を悲しませるなど、誰にも許されないことだと思った。

「帝人」
「なあに」
「なら、ずっと一緒にいてくれるか。子供なら離れなくたっていいだろ?」
「僕はすごく嬉しいけど、きっと大人はみんな許さないよ。子供のままのしーちゃんと僕が一緒にいるなんて、きっと許さないよ」
「そしたら、」

そのあとの言葉と顔を上げた静雄の表情を、帝人は忘れない。今まで泣いていた人間と同じとは思えない、強くて凶暴な獣のようだった。自分の縄張りを侵されまいと威嚇する、そんな獣だ。

「そしたら大人を壊しにいこう、帝人」

絶対誰にも邪魔されないようによ。
そう言って再度帝人を腕に収めた静雄の、隠された瞳の中に沈んでいたのが情欲だったことを、それが限りなく大人の表情であることを、帝人は長く知らずにいることになる。ただ彼の頭にあったのは、大好きな幼なじみといつまでも共にいられることへの喜びと、それが叶わないかもしれないことへの不安。それだけだった。





END.

2011/02/27


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