よたよた いらいらいらいら。 いらつく。どうしてだろうと頭を回転させても答えは出ず、いらいらだけが溜まっていく。緊急事態だ。解決方法は分からない。いつもならばこういうときは宿敵であり天敵である怪力男に喧嘩を売りに行くのだが、生憎と今彼は近くにいない。臨也の目に入る位置にいるのは、高校生の男女だ。 「ごめんね、付き合わせちゃって」 「大丈夫です。私も今日は買い物したい気分だったし」 「本当? この辺りのことまだよく分からないから、すごく助かったよ。ありがとう」 「どういたしまして」 この光景を見たのが普通の人であれば、微笑ましいカップルだと笑みさえ零すだろう。けれど臨也は普通にカテゴライズされるような人間ではない。偶然仲良く話す二人を見掛けた彼は、気分がひどく落ち込んでいくのを感じていた。今笑うことなどはできないだろう、きっと。 いらいらいらいら。 竜ヶ峰帝人と園原杏里。同級生で友人で多分互いに互いが大切な存在。多くの人が羨むような仲の良さを誇る彼らを見ると、何故だか胸に苛立ちが溜まる。 笑わないでよ、話さないでよ、触れないでよ。誰が? 誰に? 気付いたら彼らの元に歩き出していた。楽しげに笑い合っている様子は見ないふりで、ただ邪魔をするために。 「帝人君」 「え、あ。臨也さん?」 「あ、この間の……」 こちらを見て驚いたように目を見開く二人。その同じような行動に歯軋りでもしたい気になった。自分の中に蓄積されていく怒りにも似たどろどろとした感情を押さえ込み、無理矢理に微笑みを浮かべてやる。きっと大多数の人間がいい印象を持つであろう表情だ。新羅辺りが見たならば顔を青ざめて遠巻きに様子を窺うだろうというほど、実は機嫌が悪いのだが。 杏里の方に興味はない。人間への異常な愛を掲げる臨也にとって、彼女のような異形は愛するに足らない存在だからだ。けれど、彼。帝人は違う。人間だからというそれだけでなく、何と言えばいいのか、とにかく臨也にはよく分からないのだが、気になる人間だった。 「悪いんだけど、ちょっと帝人君に用事があるんだ。貸してもらえるかい?」 「貸してって、そんな人を物みたいに」 「えっと、どうすれば……」 「あー、僕なら大丈夫だから気にしないで。今日は本当にありがとう。また明日、園原さん」 「また、明日」 さっさと帰れよ、邪魔だな。 今にもそう睨み付けてしまいそうになるのを我慢して杏里を見送る。彼女は何度かこちらを振り返った。帝人のことを気にしているのだろう。それがとてつもなく気に食わない。帝人も帝人で律儀に手を振り続け、これでは本当のお熱いカップルのようだ。実際には帝人の片思いなだけであるのに。 ああ、いらいらいらいら。 「それで、何の用事ですか」 引き止めた少年は、いかにも億劫そうに尋ねる。その幼い顔の上には先程少女に向けていた笑顔はない。彼の臨也への無関心さを思い知らされたようで、少し、心臓が痛んだ。 「帝人君さあ」 「なんでしょう」 「俺のこと嫌い?」 「薮から棒に変なことを聞きますね。別に、嫌いじゃあありませんよ」 「本当に?」 「嘘吐いてどうするんですか……。本当です」 真っ直ぐに向けられる視線に思わず肩の力を抜いた。ここで真面目に嫌いだと宣言されたならば、おそらく臨也はコンクリートに膝でもついていたことだろう。それほどに帝人の言葉は重要なものに思われた。 どうしてこうも彼の言葉に翻弄されているのか。そんなことを考える余裕もなく、臨也は話を繋げる。普段の彼からは想像もつかないほど滑稽な必死さで。 「じゃあさ、俺以外と接するのやめてよ」 「……はい?」 「俺以外に笑わないでよ。俺以外と話さないでよ。俺以外に触れないでよ」 「あの、言ってる意味が」 「俺だってそうするからさ、いいじゃない」 「何なんですか、急に」 「だって、いらいらするんだ」 帝人と共にいる人間を見ると苛立つ。ぶん殴ってやりたくなるし、彼をどう思っているのかと懇々と問い詰めてやりたくなる。怒り、とはやはり少しだけ違う。自分の中で火でも焚いているのではと思うような煩わしい熱さ。臨也が今までの人生で一度だって味わったことのないような感覚だった。 首を傾げつつも、臨也は気付かない。どうしてその感覚が帝人に限ったものなのか。どうして自分だけが特別だと思いたいのか、誰にも気を許してほしくないのか。そしてそれらの感情が、一般的に嫉妬や独占欲と呼ばれるものだということに。 「それはちょっと、受け入れかねますねぇ」 「どうしてさ」 「僕にはあなただけでなく、他にも大切な人がいるので」 「……そっか」 他の人間の存在にまた苛立ち、自分のことも大切だと言ってくれたことに単純に嬉しくなる。苦笑気味な表情さえも、かわ……。 はたと疑問が浮かぶ。今何を考えた。帝人のことを、可愛いと思ったのか。このただ童顔なだけの少年を? ステータスのみを見れば平凡としか言えない、この少年のことを? どきどきどきどき。 胸が高鳴る。頭の芯が震える。何なのだろうこの感じは。臨也には、まだ分かり得ない。 「帝人君」 「はい」 「……俺、変なのかも」 「何を当然のことを言ってるんですか。今更でしょう」 「そうか、そうだね。ずっと変だったんだなあ」 「大丈夫ですか?」 顔を覗き込む心配そうな顔に、口づけたいと思った。そんなことを考える自分が不可解で、臨也は小さい頬をかく。 彼の恋が始まるのには、もう少しだけ時間がいるようだった。 END. 2010/03/05 |