私のものになって! 「やる」 短い言葉とともに手渡されたのは、真っ白なバラだった。とられているのかそれとももとからない種類なのか、真っ直ぐな茎に棘は見えない。簡単に淡い水色の紙に包まれたそれはそのままでも十分綺麗である。ただ疑問なのは、なぜ池袋最強と言われているこの青年にこんなにもロマンチックな代物をもらうことになったのかだ。 そっぽを向いたままの静雄に首を傾げると、頬がうっすらと桃色に色づいている。彼のほうがバラのようだと、意味が分からないながら帝人は笑った。 「どうしたんですか、これ」 「やる」 「いやあの、僕、知らない間に花がほしいとか言っちゃってました……?」 「そんなこと一度もねえよ。ただ、俺が好きでプレゼントしてる、っつうか……」 「はあ、ありがとうございます」 「……おう」 今日は自分の誕生日だっただろうか。いや、もうとっくに終わっているし、そのときにも贈り物をもらったはずだ。やけにかわいらしいマグカップは、今や帝人の愛用品である。 クリスマスもまだまだ先だし、七夕には贈り物などしないはずだ。父の日が近かったと思うがもちろん帝人は静雄の父などではない。 それにしてもなぜバラなのか。ふいと顔を背けた彼の考えは、わりといつもわからない。 ベンチに座って黙り込んでしまった年上の友人に細かいことはいいかと思い直し、隣に腰掛ける。細いががっしりとした肩が、少しだけ震えたような気がした。 バラは嫌いじゃない。綺麗すぎると思わないでもないし、どこか気取っているなあとも思うが、この自信に満ち溢れた立ち振る舞いは立派だ。花に自信も立ち振る舞いも何もないか。けれど香水になるほどの良い香りだとか葉が食べられることだとか、見た目だけでないところがいい。棘も、ただ箱入りに大切にされているだけではなくきちんと野生として生きていく術を身に着けているところにも感嘆する。 「綺麗ですね」 「ああ」 鼻孔を甘い香りがくすぐる。これだけの本数があるとなかなかに強い香りになるようだ。数えてみると十二本あるらしい。なんとも半端な数だ。わざわざ十二本だけ買ってきたのだろうか。 「静雄さん、どうして十二本なんですか?」 「……」 「静雄さん?」 「……あー」 ぼそりと吐き出された声と、ガシガシと頭を掻く音がする。何かまずいことでも聞いてしまっただろうか。不安になって顔を向けると、彼はやはり帝人に後頭部を見せている。 そういえば、今日は一度も真正面から顔を見ていない気がする。顔を見せたくないのか、帝人の顔を見たくないのか。用は済んだだろうにまだここにいるのだから後者はありえないだろう。ならば前者か。きらきらと光を反射している金色の間から、先ほどよりもいっそう赤くなった耳がのぞいている。まさにバラ色といったところだろうか。 照れている。なんだか楽しい。静雄は顔が赤いことが帝人にばれていないと思っているのか、顔を逸らしたままであーだとかうーだとか意味を持たない声で唸っている。 「あの、な。竜ヶ峰」 「はい」 「そんなに給料いいわけじゃねえから今はそれが精一杯なんだけどよぉ。いつか絶対、もっと稼ぐようになってみせっから」 「……はい?」 「そうしたらそんときには、999本用意する。今度は青いのがいいと思うんだよなあ、お前の目の色みたいな」 「え、いや、バラには青い色素がないらしいので青いバラはできないと聞いたことがありますよ」 「そうなのか!?」 本気で驚いているらしいことだとか、いつの間にか頬の赤みが抜けかけていることだとか、そんなことはどうでもいい。999本のバラ。どこかで聞いたことがある。バラの花束を贈る際、その本数は意味を持つというのだったか。確か、999本の場合は……。 「永遠の、愛」 ぼっと顔に火が付いたようだ。静雄があれほど赤い顔をしていた意味がようやく分かった。 いつか999本用意するということはそれも帝人に贈られるということで、そこに込められた意味は愛情で、いや、プロポーズのようなもので。つまりきっと、この十二本のバラにもそれに近い意味があるということなのだろう。 「竜ヶ峰……?」 不安そうな声がするが、主人の機嫌をうかがう犬のような表情をしているであろう静雄のほうを向けはしない。熱い。恥ずかしい。けれど最も帝人を困惑させたのは、少しだが嬉しいと思ってしまっているという事実だ。 「竜ヶ峰」 「……なんですか」 「こっち向け」 「いやです無理です勘弁してください」 「こら」 少々無理矢理に上げさせられた顔は、きっとさっきまでの彼以上に真っ赤だろう。それに比べて、人に気障な告白をかました張本人は羞恥など超えてしまったのだろうか、まだ赤らんでいる頬はそのままに真剣に帝人のことを見つめている。 睫毛が長い。唇が意外と厚い。そんなことを意識していることがもうどうしようもなく恥ずかしい。 「しず、おさ……」 「竜ヶ峰」 真っ直ぐな瞳がくすぐったい。だめだ、恥ずかしくてしんでしまう。 「俺のものになってくれ」 ふさがれた唇の甘さは、きっとバラの香りにも勝る。 END. 2011/06/20 |