初色止みて恋結び これは、最後の恋だと思うんです。 恋人ははにかんで言った。臨也はそれを、少しだけ悲しい気持ちで見ていた。 目が覚めてまず最初に確認することは、隣に帝人がいるかどうかだ。寝起きの気だるい体をのたりと起こして臨也は視線を横へやる。布団にくるまって小動物のように小さくなる姿は年不相応に子どもらしく、思わず吹き出してしまう。それと同時にひどく安堵して、臨也は笑い声に混ぜて溜め息を吐き出した。 帝人はまだ、ここにいる。隣で幸福そうに眠っている。けれどいつか離れていってしまうことを臨也は知っていた。 彼はまだ若く(幼いという方が適切だろうか)、臨也との関係を一生のものにするには経験が足りない。男なんてと思うときがくるのかもしれないし、臨也よりもっと愛する人ができるかもしれない。今隣にいるからといって、いつまでも一緒だなどと夢物語のようなことを言うには、臨也は少し大人になりすぎていた。 もごもごと夢を噛む音がする。穏やかなその表情は彼が安心感を抱いていることを教えてきたけれど、その幼げな顔立ちが嫌悪に歪むいつかを、臨也はどんなときもどこかで恐れている。それは帝人を信じていないといえるのだと分かってはいても。 ゆるゆると撫でていた柔らかな髪がふるりと震える。覚醒していくにつれてこちらを認める様子に、胸がきゅうと苦しくなった。 「臨也、さ……」 微睡みの中に半身を沈めているくせに、いや、だからだろうか、帝人はふわりといかにも幸せそうに微笑む。何も恐ろしいものなどないといったような。 好きだった。平穏を抱いた笑顔や、見えないものを探すような視線や、大切なものを見失ってしまった人間特有の儚げな口元。好きだった。誰よりも何よりも、初めてこんなに何かのことを必要だと思った。 その切ないほどに純粋な愛情を、臨也は、初恋のようだと思ったのだ。 「帝人君」 「ん、ぅ……?」 「初恋と最後の恋の違いを知ってる?」 とろとろと瞼が下りていくのには気付いていたけれど、言葉を止める気はなかった。聞いていてほしかったし、聞かないでほしくもあった。聞かれれば帝人はどこかへ行ってしまうかもしれない。けれど聞かれなかったからといっていつかは必ずくるだろう。 恐ろしい。折原臨也はこれほど臆病だったろうか。怖くて怖くて、気安く抱き締めることもできない。 「初恋はこれは最後の恋だと思って、最後の恋はこれこそ初恋だと思うもの。なんだって」 いつか、いつか帝人が最後の恋などは妄想だったと知る日を、臨也は恐れている。そんな日はこなければいいとも思っているけれど、世の中にはどうしようもないことがあるのだということも知っていた。 たとえ帝人の恋が、彼が大人になったときに初恋として思い出しては微笑むような懐かしい思い出になってしまったとしても、それはどうしようもないことだ。そしてまた、臨也がこれから帝人以外をいとおしむことができないことも、もうどうしようもないことなのだ。 日が射し込んで、朝がやってきた気配がした。帝人は未だ眠りから浮上せず、その無邪気さが少し憎らしくなったりもする。いっそのこと恋などなくなればいいのにと、臨也は布団から這い出した。 END. 2011/04/28 |