生徒会長の溜め息〜副会長編





「君しかいない!」

何度も何度も、教師からも生徒からも言われた言葉を今日も投げ掛けられる。他の人間で試したこともないくせにどうして自分だけが特別だと言い切れるのかと聞いてやりたくもなるが、帝人以外で試した場合、それすなわち実験台の重傷を意味するのだろう。あいにくと帝人は高校入学からこれまで怪我を負わされたことはない。なのでやはり帝人は特別、なのかもしれない。
生徒の細く黄色い悲鳴と、教師の引き攣り裏返った制止の声。低く伸びる怒声は聞こえないので、どうやら今回暴れているのは副会長らしい。
眉間にしわを寄せ人込みを避ける帝人に尊敬や安堵の視線が集まる。その標的とされる本人としては非常に不本意ではあるが、彼らが縋ることのできる唯一の人間が彼、竜ヶ峰帝人であった。

「お、折原! やめなさいっ!」
「えー、なんですかセンセー? よく聞こえないんですけど、刺せばいいんですかー?」
「ひ……っ」
「あああぁあ、誰か! 誰か生徒会長を連れて来て! 竜ヶ峰はどこにいるんだ!」

人の波がざっと引く。ただ一人廊下の真ん中に残された帝人はいかにも煩わしげに溜め息を吐き出した。
今にも泣き出しそうだった教師の眉が情けなく下がる。学生服の男に胸倉を捕まれカッターナイフを目前に突き付けられている茶髪の男が安心したように意識を飛ばす。そして学生服の男、この学園の副会長たる折原臨也が、悪戯が見付かった子供のように唇を尖らせる。

「帝人君、いつもより来るの早くない?」
「ちょうどあなたを探しに出たところだったんですよ、そうしたらやけに騒がしかったので」
「俺を? 探してたの?」
「ええ。仕事してください臨也さん」

呆れを隠しもせず名前を呼べば、今度は主人を見付けた忠犬のように擦り寄ってくる。意識のない生徒は当たり前のように放り出してだ。彼の運搬及び治療は臨也が歩く度びくびく怯える教師に任せるとして、帝人は事件現場を後にすることを決める。臨也がこの場にいては皆の精神衛生上よろしくないだろう。
それでは失礼しますと頭を下げれば、集まるのは恐怖やら憧憬やら畏怖やら嫉妬やら所々嫌悪が混ざった視線だ。いい迷惑である。嫌悪などは多くが臨也へ向けられたものなので構わないが(非道などと思われるかもしれないが、そういう感情を持たれる原因を作ったのはこの男だ。帝人もある種被害者なのである)、嫉妬などしてくる輩はすぐにでも代わってくれればいい。いくら見目がよかろうとも、機嫌よさげに帝人の腕に絡まってくる男は人間より悪魔なんかに近い存在であるというのに。

「帝人くーん、さっきの男退学にしちゃおうよー。生徒会長権限でさあ」
「職権乱用極まりない、しかも実現不可なことを言わないでくださいよ。彼が何をしたっていうんですか」

帝人自身は交流がないが、先程失神していた生徒は臨也のクラスメートだったはずだ。名前と教師からの評価くらいは覚えている(自慢ではないが、帝人の頭には全校生徒のある程度の情報がインプットされているのだ)。髪を染めてはいるが目に余るほど素行が悪いわけではない、普通の青年。もちろん一生徒に過ぎない帝人が、生徒会長だからといって退学にすることは不可能だ。
そう、帝人はこの学園の生徒の長、生徒会長である。しかも一年生の。普通は有り得ないのだけれど特別措置で頂点に据えられた、言いようによっては生贄であり供物。それが竜ヶ峰帝人だった。

「だってさ帝人君」

生徒会室に着き腕を振り払われた臨也は不満そうに口を開く。

「あいつ、帝人君のことを媚びを売ってなっただけの能無し会長だ、なーんて言ったんだよ?」
「間違ってないじゃないですか。僕は選挙でこそ承認されましたが、本来なら候補に上がることも許されないんですから。全て縁のおかげでしょう」
「でも君を祭り上げたのはそれこそ無能な教師共じゃない。それを知ってるくせしてあいつ、こそこそと……」
「まあ僕が会長なんてやるに至った一因のあなたには、彼に罰を与える権利はありませんけどね」
「帝人くーん……」

竜ヶ峰帝人は普通が具現したような平凡な少年だ。町で擦れ違ったら高い確率で一瞬後には顔も忘れてしまうような少し幼いだけの顔立ちと、情報処理に長ける以外は真ん中少し上をキープする成績。しかして他人と大きく異なるのは、何故か彼の周りには非凡の塊ともいえる人間ばかりが集まることである。
たった今、帝人に冷たくあしらわれて眉を垂れ下がらせている臨也もその一人だ。生徒会副会長であり帝人より一つ年上で高校二年生な彼の、整った顔立ちと甘い笑みの裏側に潜むのは冷酷非道な鬼悪魔。趣味は人間観察であり、自らの好奇心を満たすためなら誰がどれほど苦しもうともさしたる問題ではないと考えている。
だが、それは苦しむ人間が帝人以外である場合に限った話だ。彼もまた例に漏れず、竜ヶ峰帝人生徒会長に無類の親愛(という表現で合っているのかは甚だ疑問であるが、今回は親愛とのみ表すことにする)を抱いている、非凡な奇人変人なのである。もちろん臨也以外にも多くの人間が帝人に好意を持っているのだが。
そういうわけで、場合によってはこの学園の害になり得る変人たちに好かれ、唯一束ねられる帝人が、教師や生徒の満場一致で生徒会長となるに至ったのである。
ちなみに件の変人たちは、一般生徒として扱うには個性が強すぎるという理由で押しなべて学園の重要職に就いていたりする。彼らがその権限を勝手に行使しないよう見張るのもまた、帝人の仕事なのだ。

「恐怖政治」
「どうしたの、急に」

副会長の席へ着いた臨也を見送り、帝人がぽつりと呟いた。彼の発言を聞き逃すことなど有り得ないと豪語する臨也は、当然のように聞き返した。

「いつか誰かが言っていましたよ。これは恐怖政治だ、自分たちは上層部に怯え震えるしがない庶民だ。って」
「ふうん。でもさ、それってやっぱり帝人君に責任はないでしょ? 君が恐怖を与えているわけじゃないんだもの。むしろうまくまとめてくれてることに感謝するべきじゃないの」

臨也の言葉に帝人は苦笑する。
そうではないのだ、うまくまとめてしまっているからこそ、生徒も教師も帝人が恐ろしいのだ。帝人がいるせいで、これまでバラバラに暴れていた怪物たちが一つになってしまった。一致団結した以上、その恐怖は個人だったときの比ではない。そして彼らがただ一人信仰するのが帝人なのだ。もしも帝人の機嫌を損ねたら、帝人を傷付けたら、彼を愛す化け物共に何をされるのか分からない。けれど帝人がいるから、良識ある人間だからある程度の平和は守られていもする。
平和に生きたければ帝人を失うな、そしてどうにかしてリーダーに据え置け。
まあ無難な選択だなと帝人は思う。恐れられてもいるが尊敬の念も集めている帝人としては、現状に特に不満もない。とにかく今は与えられた職務を全うするだけだ。生徒会長として、そして化け物ブリーダーとして。

「さあ、お喋りはここまでです、仕事してください。それと、今度一般生徒に喧嘩を売ったら罰則ですからね」
「はーい。心得ましたよ、俺の王様」

くすくすという笑い声の後、書類を捲る音とキーボードを叩く音以外には囁き声もしなくなる。帝人が会長になってから臨也が暴れない時間もこうしてできているのだから、確かに学園は多少平和になっているのだろう。たとえ誰に何を思われようとも。
帝人は溜め息を吐く。生徒会長も楽ではない。





END.

2011/04/16


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