愛について 僕は弱い生き物だ。誰に言われなくても、とっくの昔からそんなことは知っていた。 僕はとても弱い生き物だ。動物に例えるならばいやがおうでも草食だろうし、体もそんなに大きくない、見た目からしても弱々しい動物なんだろう。しかも逃げ足も速くない。凶暴な肉食動物に出会ってしまったなら逃げようと考えることもできず、ただただ神に祈るか(動物にも宗教があるのかは分からないし、今の僕も特定の神など信じてはいないけれど)、かっこよくヒーローが助けてくれるのを待つしかできない。捕食されるために生きているような弱い生き物。 そんな僕にできるのは、敵に騙されないことくらいだ。どれほど擬態されようとも必ず正体を見破って、僕を食いちぎろうと狙う敵の罠にかからないように、ひっそり生きる。いつだって警戒して何も奪われないように。 だから僕は愛なんてものを囁かれたらまず逃げることにしている。愛は最も恐ろしい。愛とは無償で無限で無謀なものだ。そいつは僕らの目には見えず、けれど確かにどこかに存在し、しかも偽物であることを証明するのはひどく難しい。そして簡単に語ることができる。恐ろしい、恐ろしく僕のような生き物を騙すのに都合のいい存在だ。それが愛で、だから僕は本物かどうか確かめる前に愛から逃げる。騙されてからでは遅いのだから。 だから、だからだから僕には愛がどんなものかなんて分からなくて、ただ恐ろしくて、それを僕らの前にひけらかすのはまだ時期尚早だと思う。きっと彼も、そう考えているはずだから。 「静雄さん」 「おう」 「愛ってなんでしょう」 「……わからねぇ。お前は?」 「わかりません」 一度も愛しも愛されもしなかったらしい彼が愛を信じられる日がくるのはきっとそう遠くないだろう。そして僕が、逃げ出すことなく彼の提示する愛を真っ向から受け取り僕なりの愛を探す日がくるのも多分、そう遠くない。 もっと柔軟になって優しくなって、もう少しだけでも愛について上手に丁寧に話し合えるときがくるのを、僕らは静かに待っている。騙すことも騙されることも、恐ろしくもない愛なんてものが、おそらくそのときには見つかっているはずだ。きっと二人は一つの部屋で寄り添って、寒さに凍えて暖め合ったり、悲しみを痛み合ったり、意味もなく手を繋いだり、やっぱりたまに愛に疑問を抱いたりするんだろう。そうやって素晴らしく日々が過ぎてゆくんだろう。 「静雄さん」 「おう」 「愛ってなんでしょう」 僕は悲しくなるくらい弱いけれど、彼は悲しくなるくらい孤独だけれど、何を疑うこともなくなるときがいつかくる。必ず。 そんなときを、今はただ待つ。怖がらせないように怯えないように、ゆっくりと、ただ静かに待っている。 END. 2011/03/06 |