いっそ愉快だ 人込みの中にちらりと金髪が見えた気がして、臨也はいかにも楽しげに笑った。彼が彼にとっての天敵と愛すべき人間を間違えるはずがない。あれは平和島静雄という名の怪物だ。髪の下から覗いたサングラスに確信を抱いて、嬉しくも何ともないなあと息を吐き出した。 心底面倒臭そうなその溜め息に、横を歩いていた帝人が肩を震わせる。機嫌を窺うようにこちらを見上げる様子はまるで小動物のようだ。かわいらしい。 「どうかしましたか……?」 「別にー」 「あの、でも、何か怒っているというか機嫌が悪くなったというか」 「大丈夫だったら! 帝人君が気にすることじゃあないよ」 「そうですか……」 少し不満そうなのは臨也にうまくあしらわれていることが分かっているからだろう。そんな顔を見たいからつっけんどんな態度をとられているのだとは気付かない。だからこそ可愛いと思うのだ。 俯いてしまった帝人には見えないだろう位置で、静雄がこちらを向いた。臨也としっかり目が合った彼はきっとすぐにでもこちらへ走ってくるのだろう。本来ならば。一瞬額に青筋を浮かべた静雄は、けれど途端に固まってしまう。彼の視線の先にいるのは帝人だ。臨也の態度に肩を落としている少年は、池袋最強の男には気付かない。 (あー、愉快) 静雄の顔はあんまりおかしい。呆気にとられたように薄く口を開いたせいでタバコはぽろりと落ち、眉もしっかり下がってしまっている。サングラスの向こうでは瞳が大きく見開かれているし、相当驚いたのだろう。何を今更、と思う。臨也と帝人が好き合っていることを静雄も知っているはずなのだ。 静雄は帝人のことが好きだ。帝人は臨也のことが好きで、臨也も当然帝人のことを愛している。完全に邪魔なのはあの男である。本人もそれは分かっているようで、帝人に無理に迫ることはない。臨也が決してさせないというのもあるが。とにかく静雄は、必要以上に帝人に近付くことを良しとしなくなっていた。 帝人を悲しませることは絶対にしたくないらしい彼。そんな彼に邪魔されるのは嫌な臨也。利害が一致している、と臨也は考えていた。 「帝人君、パフェとか好き?」 「あ、はい。結構」 「食べに行こうか。いい喫茶店知ってるんだよ」 「っはい!」 これ以上ないというくらい嬉しそうに返事をする帝人。視界の端には悔しそうに睨み付けてくる静雄の姿が見える。帝人がいる限り彼はこちらには来れない。臨也を傷付けることはできない。帝人が悲しむことが分かっているのだから。 「……まったく気持ち悪いなあ」 「何ですか?」 「いや? さあ行こうか」 細い手を引いて歩き出す。静雄がついて来る気配はない。 自分の身も守れるし帝人の側にもいられるし一石二鳥だ。しかも、あの屈辱と嫉妬に塗れた顔。愉快だ、本当に愉快でいい様だ。最高の気分になれる。 臨也は笑いながら足を進める。その横を歩む帝人は、最後まで静雄に気付くことはなかった。 END. 2010/04/21 |