きっと欲じゃなくて 触れたい。触れたい。 形のよい綺麗な頭。光を反射するきめ細かい肌。誰かを包む優しい腕。くりくりとよく回る大きな瞳。触れたい。触れられない。昇華されないフラストレーションに、静雄は苛立ちが溜まっているのが分かった。 触れたい。 帝人は彼の考えなどお構いなしにくっついてくる。人に慣れ切った猫のように、でろでろに甘えながら抱き着いてくる。背中に張り付くようにだったり膝の上に頭を乗せたり、帝人はは甘えるのが上手だ。静雄に絶対の信頼を置いているからこその行動。そしてそれが、静雄を苦しめることになっている。 くっついていたくないわけではもちろんない。許されるならばいつでもいつまででも共にいたいとさえ思う。甘えられた分甘えて、必要とされた分必要として。そうして触れ合いの中で互いを求め合えたならばと思う。 けれど。例えば、その形のよい綺麗な頭を割ってしまうことがあったなら。例えば、そのきめ細かい肌を剥がすようなことがあったなら。例えば、その誰かを包む優しい腕を折ってしまうことがあったなら。例えば、そのくりくりとよく回る大きな瞳を潰してしまうことがあったなら。 単純に、静雄は怖いのだ。自分の手で帝人を傷付けてしまうことが、その可能性が。他の誰かによってのことならば思う存分怒りを表すことができるだろう。暴れて暴れて、帝人の傷を癒すことに精一杯になればいい。けれど加害者が自分であったならどうだ。いくら怒りを感じても自分に対して破壊行動を行うのは難しい。何より、きっと帝人に止められる。僕は大丈夫ですから、なんて。 ああ、触れたい。 「静雄さん、手繋ぎましょう」 「ん、あー。さっき菓子摘んだからべたべたしてんぞ」 「気にしませんよ」 「俺が気にするんだよ。……また今度な」 「分かりました、すみません」 申し訳なさそうに浮かべられた笑みに胸がちくりと痛む。帝人が悪いのでは当然ないのだけれど、また二度ほどごめんなさいと繰り返した。 この一歩引いた性格の少年は触れることを静雄が嫌がっていると思ってしまっている。そしてそんな静雄に甘えたがる自分は我が儘だと、そう思い込んでいる。いっそはっきりと告げられたらいい。壊したくないから触れたくないのだと。けれどそのとき、帝人はどんな行動をとるのだろう。帝人が側にいるから静雄は悩むことになる、ならば自分がいなくなればいいのではないか。そんな突拍子もないことを考えるのが、彼、竜ヶ峰帝人なのである。 距離を置くだなんて、許せない。傷付けたくない、触れられない。けれどいつも近くにいてくれなければ困るのだ。勝手だとは分かっている。それでももうどうしようもないくらいに静雄は帝人を欲してきた。 ごめんなさい。何も言わない静雄に対して帝人がまた謝罪をする。何故だかひどく切ない気がして、静雄は低い位置でゆれる髪をゆっくりと掻き交ぜた。優しく優しく。 「静雄さん……?」 「今はこれだけ、な」 「っはい!」 にへらっと笑む帝人に、知らず静雄の頬も緩んでいく。 いつか、何を恐れることもなく彼を思い切り抱きしめられる日がくるのだろうか。力いっぱい手を繋げる日がくるのだろうか。壊してしまうかもなどという恐怖から解放される日がくるのだろうか。 手を伸ばせば届く距離を保ったままで帝人の隣を歩く。時折くすぐるように袖を捕まれるのに笑みを返し、もう少しこのままでもいいかもしれないと思った。少しだけ擦れ違ってしまっている気持ちが自然に重なって、互いが自分自身に優しくなって、そうしていつか大切に大切にできればそれでいい。それでいいのだ。 END. 2010/04/17 |