インジゴに塗れる





好きなんかじゃない。自分に言い聞かせるように呟いて、臨也は顔を上げる。目の前に座るのは警戒心の薄そうな少年、竜ヶ峰帝人である。ハンバーガーにかぶりついて幸せそうに頬を緩める様子は一般的に微笑ましいものだろう。けれど臨也は、彼の視線が自分の方へ向かないのをいいことに睨み付けるように見詰め続ける。
臨也は人を好きになったことなどない。人間を愛すのと、誰かを好きになるのとは別の話だ。猫という動物が好きなのと近所の飼い猫を可愛いと思うのとは別なように、全く異なる話。
顔も知らない誰かのことを、顔も知らないが故に愛おしいと思うことはできる。それは単純にその誰かが人間であるからだ。顔が分かっていてもいい。それが人間である限り、愛の対象たる存在となる。けれど、特定の人物を好きになるのは違う。それは好意を抱いている人間にとって替えの効かない存在だからだ。他の誰でもいけない、その人でなければならない。だから臨也は、人を好きになったことなどない。替えの効かない人間などいない。誰でもいい。それが人間であるならば、誰でも愛せるのだから。
そう、だから。だから好きなどではないのだ。

「帝人君」
「はい? 何ですか臨也さん」
「それおいしいかい」
「はい!」
「そ、よかった」

浮かべられた笑顔にほっと安らぐのも嘘。不器用に紙を剥ぐ細い指に触れたいと思うのも嘘。自分の方を見てほしいと思うのも、頬を嘗め上げたいと思うのも、みんなみんな嘘なのだ。自分が誰かを好きになどなるはずがない、そんなはずがないのだから。
有名な歌手が歌うラブソングが聞こえる。横を通ったカップルが腕を組んでいる。どこかの子供の笑い声がする。店員が作っただろうポテトを頬張る。どうしてだろう、全てが虚しく色がないようだ。愛すべき人間に所業に違いないはずなのに、興味をそそられない。どうでもいいとすら思える。
おしまいだ。折原臨也のおしまいだ。自己の崩壊だ。アイデンティティクライシスだ。
絶望さえ抱いている臨也の前で、帝人はシェイクを啜る。何も知らず、何にも巻き込まれず。虚しいだけの世界で、それだけが助けだと思った。おかしいことに。

「帝人君」
「はい……っわ、何で泣いているんですか臨也さん!」
「俺はもうダメかもしれないよ。何が何だか分からないんだ。分からなくて苦しいんだ」
「僕にも分かりませんが、とりあえず泣かないでください?」
「……うん」

好きなんかじゃない。そうでなければならない。
矛盾する思考に挟まれて、たった一人の少年に掻き乱されていることを否定できない。それがもう答えなのだと知らず、臨也は悩み続けるのだ。理性と衝動、どちらにも身を委ねられないままに。





END.

2010/04/05


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