さて、懐疑は晴れず





怖いものがないわけじゃない。過去を振り返りながら、帝人は考える。小さい頃は幽霊が怖かった。虫も苦手だったし、雷が鳴る度に布団に潜るような子供だった。怖いものばかりだった。得体の知れないものも他人の悪意も、普通人が嫌がるものは全て怖かった。
けれど、どうしてだろう。昔ならば怖がったであろうものを求める自分がいるのだ。幽霊、集団、異物、暴力、敵。不謹慎だ、そう思わないわけではない。ただ、そうした怖いものの中に潜む非日常がひどく欲しかった。味わいたかった。怖いからこその珍しさに引かれるとでも言えばいいのだろうか。とにかく怖いものを求めるのが、今の帝人であった。
ならば、現在の自分に真実怖いものなどあるのか。少し考え、そして確信する。怖いものは、ある。その内容は、少々過去とは変化しているけれど。

「好きだよ、愛してる」

愛を向けられるのが、怖い。
情報屋、折原臨也から好意を告げられる度、喉が引き攣るような恐怖が帝人を支配する。彼だからというわけでもないのだと思う。けれど「好きだ」と真っ直ぐに感情をぶつけられることが、怖くて怖くて仕方なかった。
臨也の嫌味なほどに整った微笑みに笑い返し、自分を抑える。床を指で叩く音に、目の前の男は気付いているのだろうか。単純に帝人が苛立っているだけではないのだと、はたして彼は気付いているのだろうか。

「毎度毎度ご苦労なことですね。あなたにとって残念なことに、僕の気持ちが傾くことは今後一切ありませんよ」
「その言葉も、毎度ご苦労様。申し訳ないんだけどね、俺としてもそう簡単に諦められやしないんだ。いい加減、大人しくほだされてくれないかな?」
「断固拒否します」
「へぇ、随分とはっきり言ってくれるね。どうしてさ」
「あなたの愛は胡散臭いから」

これまで、多くの愛情を向けられて育ってきた。親にも友人にも、そこそこ愛されてきた自信がある。それらは胸に優しい温かな感情たちで、帝人自身としても愛おしいものたちだ。だから愛情自体が恐ろしいのではない。もっと簡潔に言えば、愛情を裏切られるのが怖いのである。
例えば、ダラーズというチームを置いて消えた人達のように。例えば、帝人を残していなくなった友人のように。
愛され、それに応え、結局いつかは裏切られるのではないか。与えられる甘いだけの言葉に偽りはないのか、信用して自分は後悔しないのか。それを身一つで判断するには、帝人はまだ若くそして臆病だったのだ。だから恐ろしい。愛するにたる人物か分からないのに感情を返すことが、ただ恐ろしい。

「胡散臭い、ね。こんなに思いを伝えてるのに寂しいなあ」
「本当にそう思っているのかさえ疑わしいですけどね」
「……まあ、今はいいよ。信じさせるだけだから」
「それは楽しみです」

臨也の言う愛が、確かに帝人を幸福にするのかは分かり得ない。だから拒絶し逃げるのだ。相手に悟られないよう、笑顔で。けれどそれすら知っているとばかりに彼は囁き続ける。帝人の恐れる、言葉のみの愛を。
いつか応えることができるというのだろうか。自ら、愛情とやらを求めるときがくるのだろうか。彼のことを愛す日が、くるのだろうか。
帝人は微笑み、逃れるために言葉を吐く。愛情。怖いものを跳ね退け、自分が傷付かないために。

「僕はあなたのことが嫌いですよ、臨也さん」

無条件で人を愛せない自分が、ただ少しだけ、悲しかった。





END.

2010/03/01


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