終末にキス ねぇ、愛してくれますか。こんな俺でも愛してくれますか。 帝人君は困ったように小さく呼吸を繰り返す。俺はその細くて脆い腰に腕を回し、薄くて温かな胸に顔を埋めた。甘い匂い。しなやかな体。竜ヶ峰帝人を作るパーツ一つ一つが愛おしい。 こんな俺にも、揺るぎない愛はあった。ただ一人を愛し抜く心は残っていた。俺は彼が好きだ。好きで好きで好きだった。けれど件の彼は、俺のことを知った上でそれを受け入れてくれるだろうか? 冗談やめてくださいと笑われるか、気持ち悪いと一蹴されるのがオチだろう。寂しい。寂しい関係だ。 「臨也さん……?」 あまり低くない柔らかな声が耳をくすぐる。こちらを気遣うような、そんな声音。 彼は、俺の本性を知らないからこうも優しいに決まっているのだ。今までどれほど卑劣で道に外れたことをしてきたのか知らない。例えば彼の親友に何をしたのか、例えば彼の憧れの怪物に何をしたのか。何も知らない。何も知らないからこそ彼は今俺の腕から逃れることはなくて、それがひどく寂しいのだ。 この醜い心中がばれれば君はいなくなるだろう。この爛れた性根がばれれば君は俺を置いて行くだろう。だから俺は「いい人」であろうとする。せめて彼の見えるところで馬鹿をやらないように、細心の注意を払って。 「どうしましたか臨也さん」 「何でもないよ」 「うそ」 「うん、嘘」 背中を撫でる指が優しい。髪に落とされる唇が温い。彼に包み込まれて俺はようやく落ち着ける気がする。誰の元でもダメだ。彼でなければ、彼で。 好きだ。好き。そう何度胸の内で繰り返そうとも彼には届かない。好いてくれている自信はある。嫌いな相手に、彼はこうも近付くことを許さないだろう。それでも口は簡単に心を吐露させまいと頑張るのだ。今の内に縛り付けておけ、いや、「いい人」な俺を愛されても意味がない。ぐるぐると考えは生まれては消え、結局立ち止まってしまう。 「ねぇ、帝人君」 「はい」 「君は俺が好き?」 だから俺は何も言わない。ただ尋ねて、答えさせて、それでやっと安堵する。それだけ。 ずるい奴だと自分でも思う。もらえるだけもらっておいて、彼に何かを返すことはしないのだ。自分が後から傷付かないように。それだけのために。 彼は笑う。いかにも優しく、いかにも甘く、笑う。 「好きですよ」 「愛してくれるの」 「ええ」 「こんな俺でも、愛してくれるの」 「当然です」 優しい人。残酷な人。その悲しいばかりの無知さと純粋さで、君は俺に騙される。本当は愛するに値しない存在なのだと知らないままで、君は俺に騙される。優しくて、残酷で、可哀相な人。 それでも俺は彼を手放すことはできない。勝手な話だ、そう、勝手なのだ。けれど俺は卑劣で外道な奴で、俺はそのことを知っている。だから彼を手放さない。自分を守った上で、俺は彼を手放さない。 細い腰。小さな掌。大きな瞳。柔らかな髪。全てが胸を締め付ける。愛しくて愛しくて愛しくて、だから俺は動けないのだ。動けないのだ。 END. 2010/03/28 |