さあ何に溺れるか





どうしてこの人の側にいるのかと問われれば、帝人は笑顔で答えるだろう。必要としてくれるから。そこに愛だの恋だのは存在せず、ただ相手の思いのために帝人はその身を捧げる。

「帝人?」
「はい」
「さっきからぼーっとしてるけど大丈夫か」
「すみません、少し寝不足で」
「そうか。早く寝ろよ」
「ありがとうございます」

頭をぐしゃぐしゃと掻き交ぜられるのに無言で返せば、静雄には珍しくも優しく微笑まれた。元から顔立ちの整っている彼が笑えば格好のよさもひとしおだ。けれど帝人がそれに見惚れることはない。ただ淡々とマニュアル通りの笑顔を作り、帝人然とした態度を突き通す。静雄が求めているのは平凡でお人よしな高校生だからだ。表情を偽り内心では周囲を嘲笑っているような汚い人間ではない。
静雄は愛を求めていた。優しさを求めていた。愛したくて愛されたくて、それらをたった一人の少年に求めた。ひどく脆い人だ。帝人は目を細めて思う。必要とされなければ生きていけない。いくら力が強かろうとも心は脆い。それが平和島静雄に対しての印象であり、それが分かったのは帝人自身そういう人間だからであった。
誰かに必要としてほしい。自分を求めてくれるのならば誰でも構わない。静雄の思いはそこまで無節操ではないのかもしれない。少なくとも帝人のことを好いてくれて、そのうえで側にいてほしいと思っているはずだ。ただ、帝人に静雄への薄暗ささえ匂わす愛情はなかった。自分を求めてくれる人。そんな、義務的な好意のみがあるだけで。
彼が愛を捧げるのは静雄ではない。

「あっれー、帝人君じゃん。と、ついでにシズちゃん」
「いっざや、なんでここにいるんだ死ね!」
「あはははは何頭が沸いたようなこと言ってんの、俺が死ぬわけないじゃん? あ、帝人君またねー」
「待てこら! 逃げんじゃねえよぶっ殺すぞっ!」

遠ざかっていく二つの影、そのうち黒い方を目で追う。飄々とした危なっかしい足取りと絶えず発せられる暴言の数々。帝人は折原臨也が好きだった。愛していたと言い換えてもいいほど好きだった。彼の自由な生き方や信念、都合のいいように人を弄ぶ手腕など、一般的に非道だと言われる全てを。
だからこそ、帝人は彼に愛を求めない。個人を愛し必要とするようになったら臨也は臨也でなくなり、臨也でないなら好きでいられなくなる。そして帝人は、欲せられなければ生きていけなかった。いっそ喜劇だと笑ってやりたくなるほどに愉快なジレンマ。けれど残念ながらこれは現実で、帝人はそんな自分の境遇が割と嫌ではなかった。
臨也が駄目ならばと帝人は他の誰かを探す。自分を求めている人を、その人を愛さずともその人に愛されていればいいのだと。それが偶然静雄だっただけのことである。

「あー、臨也さん好きだなあ」

どこかから聞こえる争いの音に耳を澄ませ小さく呟く。心からの言葉だった。当然それは臨也に届くことはなく、静雄に届くこともない。帝人はそれで満足だった。
ただ何となく虚しい気がしたのは、臨也への恋慕からでも静雄への申し訳なさからでもなく自分の持っている感情が侘しかったからで。それが紛れもなく自己愛の表れだということに、帝人は少しだけ笑った。





END.

2010/03/17


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