優しい君におもうこと





自分にはないものを持っているから人は人に引かれる。それが事実なのだとしたらこれは羨望なのだろうかと静雄は考える。羨ましくて妬ましくて、だからこそ欲しいと、自分に不足しているものを埋めたいと求めるのだろうか。
少年は優しい。いつでもどこでも誰にでも優しいのが竜ヶ峰帝人という少年である。そこまで完璧な優しさだといったら語弊があるかもしれない。けれど静雄から見ている分には、全ての人類に平等に優しさを振りまいているようであった。静雄が嫌いな男のように人類を愛しているわけではないだろう。きっと苦手だとか嫌いだとか思う相手だっているはずだ。けれど帝人は、どこまでもどこまでも優しい人間に見えて仕方なかった。
その優しさが羨ましいわけではないと、ずっと思っていた。静雄自身、自己満足といわれればそれまでだろうが他人には優しくしているつもりである。それでも頭に来ることがあれば相手を傷付けるし、自分の気に入らない輩を痛めつけたことに対する後悔も滅多にない。ただ、また自分を抑えられなかったと落ち込む程度だ。
けれど帝人は実際に他人に優しくできる。自覚があろうとあるまいと、静雄と違って他人への優しい行為とやらを実行に移すことができる。思ったとおりに行動できることなどあまりない静雄にとってそれは憧れ羨むに相応しい事柄であった。

「あの、僕の顔に何かついてます?」
「あー、悪い。なんでもない」
「そうですか?」

すぐ真正面で炭酸飲料を嚥下していた帝人が首を傾げながら尋ねてくる。視線が不躾だったのだろうと反省するが、知らないうちに目で追ってしまうのだ。自分でもなかなか制御できない。
その真ん丸い瞳は映るものを微笑ましげに眺め、その薄い唇から零れる言葉は相手を気遣うようなものばかりだ。その白い頬は誰かの言葉に簡単に赤くも青くもなる。その柔らかな髪はいつもふわふわと揺れ、その細い指は誰かを慰め癒し撫でるためにある。彼の持つどのパーツも他人を受け入れるためにあるような気がして、静雄は目を離せなくなる。羨ましい妬ましい。それ以上にそれらが愛おしくて、堪らなく欲しかった。

「竜ヶ峰」
「はい」
「俺さ、お前みたいになりてえよ」
「僕みたいに、ですか」

きょとんとした顔でこちらを見た帝人は小動物のようだ。大型の肉食動物だろう自分とは違う。だから守らなければと思うのだろうか。そして、彼のようにか弱くも平和に暮らしたいと思うのだろうか。
大分温くなっただろうスポーツ飲料を喉へ流し込む。知らず知らずの内に渇いてしまっていたらしいそこを潤せば何となく安堵が広がっていく気がした。帝人はまだ不思議そうに瞬きを繰り返している。その動きすら穏やかだ。

「僕、全然強くないですしたいしたこともできませんよ」
「ああ、んなこと知ってる。それでもだ」
「それでも、ですか」
「俺はな、お前に憧れてる。お前の目とか口とか頬とか髪とか指とか、何かもう竜ヶ峰帝人ってもんが全部欲しいんだ」
「はあ……。よく分かりませんけど」
「奇遇だな、俺もよく分からん」

帝人という存在が優しさの象徴だと思うから。そんなことは口にできなかった。彼が混乱してしまうだろうという理由もあったが、何より自分の中の醜い部分を知られたくなかった。都合のいい話だ。優しくなりたいがために他人を羨ましがる自分を知られて、どう思われるのかが怖いなんて。

「僕も静雄さんになれたらなあって思うこと、ありますよ」
「俺に?」
「はい。強くなりたいです」
「強くってもいいことばかりじゃねぇけどな」
「でも力があれば、僕の大切な人達を助けることができるでしょう?」

薄く笑うその表情に、静雄は何かが胸につかえる心地を覚えた。帝人には強くなりたい理由がある。ならば自分はどうだろう。優しくなってどうしたいのだろうか。
帝人が缶で遊びながら口を開く。子供じみた行動に目を細める暇もなく、言葉が染みていくようだと思った。

「僕は、無力だから。いつも誰かに守られてばかりです。知らない内に何もかもが終わっていて、後悔しきりで」

それは誰しもが帝人に傷付いてほしくないと思うからだ。守りたいと思わせる人物でなければ、わざわざ助けたりなどしない。けれど帝人はひどく申し訳なさそうに眉を寄せる。それが彼なのだ。
そうだ、帝人のそんな優しさが羨ましかった。だから欲しかった。静雄はその優しさで、帝人自身を包みたいと思っていたのだ。優しくされた分優しくしたい。でもそんなことできない。だから優しくなりたい、優しくできる彼になりたい。
とんだ矛盾を孕んだ、自分勝手な話だ。

「でもふと思ったんですよね。僕は強くないけど、他にできることがあるんじゃないか。できないことは人に任せて、そういうことから始めればいいのかなって。自分にはないものがあるなら持っている人と共にあればいいんですよね」

自分の中の愚かさに気付いたと同時に、ならば彼に向かうこの執着は何だろうと考える。羨ましい妬ましい欲しい。そんなものでなく、今の静雄の中に純粋に残ったのは、

「僕にとってのそれが、静雄さんなんです」

ただ愛しいと。それだけだった。





END.

2010/03/16


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