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うだうだと日記


古キョンSS

2015/09/06 23:28

休日の古キョン



「古泉」

彼の声が僕の名前を紡ぐ。たった四つの音が組み合わされただけの短い単語に、僕の心臓はまるで沸騰した鍋のようにぐつぐつと茹っていく。彼は、はい、と返事をする僕に笑いかけるだけで。
自分の部屋に彼がいるというのもなんだか変な感じだ。彼が来る日の前日に慌てて片づけをするけれど、そんなものお見通しなのか、部屋に入ってくると同時にクローゼットを開かれる。当然ぐちゃぐちゃに荷物を突っ込んだだけのクローゼットはパンパンだ。叱られて、半日かけて掃除をした後には、彼の手作りの料理が待っている。
映画を見たり、それぞれ本を読んだり。学生らしく課題をすることもある。世間話をしながらベッドでゴロゴロする日もあるし、二人で手の込んだ料理に挑戦することもあったっけ。
笑って、背中をたたき合って、思い出したようにキスをして。穏やかに休日は過ぎていく。
夕ご飯を食べ終えた頃にはなんとなく無言が続くようになる。明日は学校だ。彼はもうすぐ、帰らなくてはならない。引き留める言葉が浮かんでは消え、結局僕は空気をかみ砕いて彼の足元を見るだけで。
短く切られた爪。細く筋張った指と薄く筋肉のついたふくらはぎ。そこからだぼっとした衣服が肌を隠している。首から顎、頬。引き結ばれた唇と鼻筋。その上では、僕の大好きなブラウンの瞳が、僕を、見ている。

「なあ、古泉」
「な、んですか?」

ぱちりと合った視線に驚いて反応が遅れてしまった。返事をしてから、しまったと後悔する。
彼もきっと、別れを切り出すタイミングを計っていたに違いない。それじゃあまた明日、なんて言葉を聞いてしまったら、送り出すしかなくなってしまう。このまま無言で、彼が帰ることができなくなる時間になってしまえと思っていた僕としては、受け入れがたい流れだ。
かといって彼の口をふさぐわけにもいかない。じっとその口元を見て、彼もまた僕に視線を注いで、またしばし沈黙。
ああ、その、優しさを閉じ込めた瞳が僕を捉えるそれだけで胸に宿る感情を、なんと言ったらいいのだろう。その唇が僕の名前を形作るたびに頭がしびれる感情を、何と名付ければいいのだろう。
彼ならきっと、すぐにでも答えを出してくれるんじゃないかと思う。僕の、熱のこもった視線を受け止めてくれる彼なら、きっと。

「俺、そろそろ」
「あの!」

言葉を遮って、その肩を掴む。胸が爆発しそうに苦しいとき、彼を手放しちゃいけないのだというのはこれまでの経験上知っていた。黙って帰してしまったときに、一人膝を抱え朝を迎えたことがあるのだ。そのときの、もどかしくさみしい時間を僕は、繰り返したくないと思ってしまう。
我が儘を言うことになる。いつだってそうだ。多くは僕の我が儘。彼と一緒にいたいのも、帰したくないのも、この感情を名づけてもらって彼に注ぎたいと思うのも、勝手な考えでしかない。
彼は我が儘でいいよと言う。甘えればいいだろ、なんて言う。だから僕は調子に乗って、時計の針を無視して唇を唇に押し付けたりする。

「その、まだ、帰ってほしくないんです、が」

朱に染まった頬。また、胸が苦しくなる。
栗色の髪が肩にもたれかかって、僕は喜びと共に頭を撫でる。柔らかくてあたたかい。なんて、心地の良い時間だろう。

「もう少しいてやる。……そういうのは早く言え、ばか」
「もしかして引き留められるの待ってました?」
「うるさい」

はちきれんばかりに激しい鼓動。頭の芯から溶けてなくなりそう。熱を持つ指先が彼の頬を撫でて、低く優しい声音が僕を呼ぶ。
ああ、この、叫びたいような泣きたいような感情。ずっと誰かに向けることのなかった感情。彼が教えてくれたそれを、僕は、大切な宝物のように何度も何度も名前を付けたい。名札を指で確かめるように、噛み締めて言葉にしたい。

「古泉」
「はい」
「……すきだ」
「……僕もです。好きです。大好きです」

そうなんだ。この思いをあなたは、いとおしさと呼ぶのだと教えてくれた。だから、僕はいつまでもこの感情を彼にささげつづけよう。
とろけそうな喜びを、泣きたくなるような切なさを、我が儘なほどな欲望を。彼はいつまでも受け止めてくれるのだから。






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