Blog うだうだと日記 2015/05/26 22:58 ながとゆきちゃんの消失の8話が古キョン回すぎて泣きました。 ので、なんとなく古キョン。 気づいてと気づかないでの間を僕はいつもたゆたっている。気づいてほしい。でも気づかないでほしい。気づかれてしまえば声も忘れてしまうだろう。気づかれないままなら笑みは歪んでいくのだろう。 彼は、彼はいつも僕の少し前を歩く。たいして離れているわけではないが、決まって半歩、先を行く。正面少し斜めから切り込む夕日は僕らを照らし出して、彼から伸びる影はいつも僕を覆い隠す。 短く切り揃えた髪。猫背気味な曲線と、だぼついたズボン。履き潰されかけたローファーから、影が真っ直ぐに伸びていく。 それを僕は、毎日踏みしめるのだ。一歩、一歩。影を踏むたび、祈りを込めて。 もしこの影に実体があったならば、彼は僕が足を踏み出すたびにつんのめっているだろう。何すんだなんて怒りながら、こちらを振り返るのだろう。そしてきっと、その瞳に僕を映してくれるのだ。 だというのに世の中は残酷で、影では所詮人を縫い止めることは叶わない。足は地面を蹴りつけるのみで、決して彼のはしっこにすら触れることはできないのだ。 だから、僕は祈る。 (気づいてください。気づかないでください。こっちを向いて、向かないで) 彼は僕の少し前。気だるげな背中に、音にはならない願いを思う。 この、名状しがたいいとおしさを。あなたが視界に入るだけで胸をよぎる幸福を。一人の夜に無性に泣きたくなる感傷を。影であっても触れたく思う、この浅ましくも純朴な、優しいばかりの恋しさを。 気づいてほしい。知ってほしい。許されるなら返してほしいし、抱えきれないほど想ってほしい。 僕は願ってしまう。触れることのない影から、僕の脈打つ愛慕が伝わればいい。そうして振り向いた彼が、僕に微笑んでくれたならいい。けれどそんなこと許されやしないから、今日も手を伸ばすことはしないのだ。 一歩、一歩。 影は足元をすり抜けて、彼はこちらを見はしない。気づけ気づけと祈りながら、ばれていないという幸運に息を吐く。 募る恋しさとは裏腹に、決して気づかれてはならないのだという思いも激しくなっていく。ふとしたときには影にすら触れることが躊躇われるほど、彼にたいして抱く感情は、僕には分不相応なのだ。躊躇いは時が経つほど深くなり、歩みは、それぞれの家への別れ道に近づくほど遅くなる。 毎日繰り返している。影踏み遊びに答えの出ない葛藤。そしてまた明日なんて、笑顔で手を振るんだろう。 ああ、気づいて。気づかないで。知ってほしい。知られてはならない。 「ーー古泉?」 声が、振り返った。影を睨んでいた僕は、恐ろしさに似た歓喜に震え、顔を上げる。 学校を出た直後より、僕と彼との間には距離がある。数歩分先。眩しいばかりの夕日を背に、彼は僕を見ている。 眠たげな目。呼気の漏れる唇。なだらかな肩と薄い胸。影踏みに夢中になっていては、視界に入れることもできなかっただろう彼の表情。 確信をする。やはり彼は、美しい。 「どうかしましたか?」 「いや、どうかしてんのはお前だろ。話しかけてんのに返事もしねえし」 「ああ、それは申し訳ないことを。物思いに耽っていたせいか気づきませんでした」 「ふうん、ならいいが。……体調でも悪いのかと思った」 なんてことなさそうに正面を向きなおして歩き出す。まだ、影は踏みしめている。 彼からの言葉を受けとり損ねたことにたいする後悔。そして、心配してくれたのだということにたいする高揚。平静を装いつつも暴れだしそうな心臓が、彼の背を追えと悲鳴を上げる。 「なんか」 また、彼が振り返った。 口許には笑みが浮かんでいた。柔らかな、笑み。 「古泉が後ろにいると、不思議と背中がこそばゆいんだ。どうしてだろうな?」 笑って、僕の心臓に再び大ダメージを与えたことなぞ知らずに笑って、彼は、僕の足元から影を引き抜く。 気づかれていた。気づいてくれた。気づかれてしまった。 その日、影は間違いなく質量を持った。確かに僕は彼に触れていた。 ならばならば、この思いすら伝わってやくれないか。いやむしろ、伝わらせることのないよう距離をとらなくてはならないのでは? 荒れ狂う思考回路に一旦蓋をして、背中を追った。影は踏まない。声でもってその人を、呼び止めることができるように。 comment(0) |