お前最近ご機嫌だな
これが今日笠松先輩に言われたことだった。あまり自分では意識していなかったのだが、どうやら気持ち悪いくらいに頬が緩んでいたらしい。
そうっスか?
とりあえずそうやっと答えると、
ニヤニヤすんな!って蹴られた。
…暴力反対。
「んじゃ、行って来るっス!」
俺が練習の合間にロードワークに出るのはもういつもの事なので、笠松先輩は時間までには戻ってこいよと一言言うだけだった。
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「名前っち〜ってアレ?」
いつもの花壇に行くも、彼女の姿が見当たらない。
何処へ行ったのかと思い辺りを見渡すと、少し遠くに彼女の姿を見つけた。どうやら水を汲みに行っていたみたいだ。
俺は彼女に向かって走り出す。
名前っちはまだ俺に気づいていないようだ。
段々距離が近くなってきて、いざ声をかけようとしたときだった。
「いっ…!?」
急に足が攣った。
ちょっと待って、なにこのタイミング。名前っちのとこまであと少しなんスけど。
…ってかもっと念入りにストレッチしとけば良かったかな。
攣ってしまったものはしょうがないので、痛みが引くまで黙っていようとその場に静止していたら、名前っちと目が合った。
彼女は大分近くまで来ていたらしい。
「黄瀬さん…!?」
その場に座り込んで足を押さえている俺を見ると、名前っちは目を丸くして両手で持っていたじょうろを落とし(というか投げ捨て)、俺の元へ駆け寄ってきた。
「どうしたんですか…!?」
「あ、いや、ちょっと足痙っただけっスよ」
「い、痛いですよね…?ってなに聞いてるんですかね私!?痛いのは当たり前ですよね…!!えぇっと、私はどうしたら…!!?」
いつもの落ち着きは何処へやら、目の前で自らも膝をつき、あわあわと狼狽える名前っちを見てつい笑ってしまった。
「…ふっ、名前っち必死過ぎっスよ。少し落ち着いて」
「ごっごめんなさいっ!!」
「なんで謝るんスか?」
「あ…れ?」
名前っちも自分がなんで謝ったのか分かってなくて、お互い顔を見合わせた。
「プッ、アハハハハハ!!名前っちって面白いっスねー!!」
「な、そんなに笑うことないじゃないですか!!」
「まぁまぁ、面白いことは悪いことじゃないっスよ!!」
笑いすぎて涙が出てきた。それを拭いながら名前っちの方を見ると、彼女は打って変わって真剣、いや、心配そうな表情。
「……本当に、大丈夫ですか…?」
こんなの、反則じゃないだろうか。
キミをもっと
好きになってしまう。
「大丈夫っスよ!!名前っちと話してたらなんか痛みも治まってきたし!!」
「ならいいんですが…」
それでもなお心配そうな名前っちを安心させるために立ち上がって軽く走ってみた。
「ほら、ね?」
振り返ればほっと息をついた彼女に、俺は微笑み返した。
そこでふと目についたのが、名前っちがさっきまで持っていたじょうろ。横に倒れて中の水が辺りに広がってしまっている。
名前っちもそれに気づいたのか立ち上がって近づくと、
私、もう一回水汲んできますね
って言った。
「あ、俺も行くっス!!」
何せ俺を心配してじょうろを投げ出してくれたのだ。
名前っちの横に立って、彼女の手にあるそれを抜き取った。
「え…?」
「心配してくれたお礼」
「でも私、何もしてないですよ?」
「だから、心配してくれたじゃないっスか!!それに俺も男だしね?」
そこにウインクを1つ。
「じ、じゃあお言葉に甘えて」
彼女ははにかむように笑った。
俺はじょうろを持ち直して、名前っちと一緒に水道があるところへと向かった。
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