「名前っち!いるっスか!?」
「黄瀬、さん…?」
「名前っち!!どうしたんスか!?」
見つけた彼女は倉庫のマットに蹲って小さく震えていた。急いで駆け寄り抱き起こすと片方の頬の赤みと手から肘にかけての傷に気づく。
ふつふつと怒りが沸き上がってくるが今はそれどころじゃない。
「ごめんなさい…。お腹、痛くて…」
「今から保健室行くっスから少し我慢するっスよ!」
本当は、閉じ込められてからずっと我慢していたんだと思う。それでもそれ以外に書ける言葉が無くて。俺はブレザーを脱ぎ名前に羽織らせた。
良かった傘さしてきて。彼女が寒さで震えていたときのためにそこは冷静に頭を働かせていたのだ。
「……すみません」
腹痛が相当酷いのか、顔が青白く必要以上に喋ろうとしない。
「名前っちは悪くないんだから謝るのはなしっスよ!」
「え…黄瀬、さん…?」
「すんません。少し濡れるっス」
「それは別に、構わないんですが…。この体勢は…」
名前っちの言いたいことはわかる。俺はなんの予告もなく彼女を姫抱きにした。そのときは早く保健室に連れていくことにしか考えられなかったのだ。
幸いにも雨は少し小降りになっていた。その中を走る俺と姫抱きにされたままの名前っちは学校に着くまでの間、お互いに口を開くことはなかった。
ただときどき、名前っちの視線が俺の方に向いていたことは勘違いじゃないと思いたい。
――――――
────
先生に薬をもらってほどなく眠りについた名前っち。
もう心配ないと先生に告げられた俺は全身の力が抜けたように側にあった丸椅子に身を預けてしまった。
「良かった…」
眠っている彼女の手を取りその表情を見つめる。先生はそんな俺を見かねてか保健室を出ていった。
命に別状はないなんてことはわかっているけど、倉庫にいる彼女を見つけたとき心臓が止まりそうになった。
だから、少し顔色が良くなった名前っちを見るだけで安心出来たんだ。
――――――
「…………。」
うっすら開けた目に入ってきたのは白い天井に白いカーテン。一瞬病院かと思ったけど、どうやらここは保健室。
そうだ私、黄瀬さんに助けられたんだ。
薬のお陰か腹痛も大分治まっていた。擦り傷も、丁寧に治療されている。
視線を巡らせると丸椅子に座ったまま寝ている黄瀬さんの姿が映る。
「黄瀬、さん」
小さな声だったはずだったのに彼はすぐに目を覚ました。
「…名前っち!?」
「すみません。起こしてしまいましたか…?」
「いいんスよ!それより名前っちの方が…どっか痛いとことかー…っていやそりゃ傷は痛むと思うんスけど、その」
「落ち着いてください黄瀬さん」
「あ…そうっスね…」
「ふふっ」
「名前っち?」
「ごめんなさい。黄瀬さんが面白くてつい。でも伝わりましたよ。私は大丈夫です」
なんか、以前にもこんなやりとりがあったような気がする。
「なんかこういう会話、前にもあったっスかね」
そんなことを思っていたら彼も同じことを言い出した。
「私も今丁度そう思っていたところです」
「名前っちも?」
「はい」
「………。」
「………。」
そこで二人とも目があったまま数秒止まって、そして二人同時に声を上げて笑った。
どうしてかはわからないけれど、凄く面白くて楽しくて笑わずにはいられなかったんだ。
暫く笑いあってそれが少し落ち着いてきた頃、私は彼に言っていない言葉があるのを思い出し、体をゆっくりと起こした。
「黄瀬さん、助けてくれてありがとうございます」
私がそう言うと彼は少し驚いた顔をした。
「名前っちに改めて言われるとなんか照れるっスね」
太陽のような笑み。もしかしたら私はこの笑顔に初めて会った時から惹かれていたのかもしれない。
「黄瀬さん」
「どうしたんスか?」
急に声色の変わった私に気づいたのか彼の顔から笑顔が消える。
「お話があります」
私はある決意を胸に彼に向き直った。
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