「主、報告にきたぜ」

遠征から戻ってすぐ主の自室に入るとそこにはぼんやりと写真立てを手に持って、愛おしそうになぞる姿があった。でもその表情は横顔から察するにとても悲しげで、なにかあったのだとすぐにわかるものだった。
俺が来たことにようやく気づいた主は慌てて写真立てを伏せると俺に向き合い笑った。

「ごめんなさい、鶴丸さん。お待たせしました現地の状態はいかがでしたか?」
「いつも通りなんとか治めてきたぜ。景気よくぱーっと俺たちの武勇伝を語ろうかと思って来たが……どうやら主はそういう気分ではないようだな?」
「いえ、そんな、私なら大丈夫なのでぜひお話をしてくださいな」
「そうはいかないさ。君が浮かない顔をしているのに俺1人で盛り上がったって仕方ないだろう?よければ教えてくれないか、その写真のこと」

主は少しの間逡巡して、おずおずと写真立てを俺に差し出した。写真には今よりほんの少し若々しい主と、その腕の中に主と雰囲気が似ている子供が写っていた。

「私には1人、娘がいました。優しい夫に似た、とても可愛くて優しい娘でした」
「これは驚きだな。君が結婚していたなんて」
「結婚、していたのだと思います。私以外の記憶から消されてしまったけれど、確かに私は幸せな日々を過ごしていました」

そこまで聞いてふと写真に不自然な空間があることに気づく。主と娘の写真にしては向かって左がぽっかり空いているような気がする。

「その写真は家族写真でした。娘を抱く私の隣で主人が優しく微笑んでいたんです」
「ひょっとしなくても、歴史改変の影響かい?」
「おそらくそうだと思います。夫と娘はおろか、夫の実家さえなくなっていましたから」
「主がこの任に就いたのはそれが理由なんだな」
「そうですね。でも私は復讐が目的ではないのでそこは勘違いなさらないでくださいね。私が審神者となったのは、私と同じように苦しむ方をこれ以上増やさない為です」

強い意志と大きな優しさで主が戦っていることはなんとなくわかってはいた。でもまさか、歴史改変の影響で家族を失ったからだとは思いもしなかったな。
審神者となるものの多くは政府が探し出したよりすぐりの霊力を持つものと主のような歴史改変に深く関わったものの2種類に分けられると聞いたことがある。主は前者に充分匹敵する力の持ち主でそちらだと疑わなかった。

「その写真は、唯一娘の姿が残っている写真なんです。夫の写真は残念ながらありませんでしたが、それだけは奇跡的に残っていたんです。こんのすけに聞いてみたら私が強い霊力の持ち主だから写真にもその力が働いて、抱いていた娘を守ったのではないかって」

私もよくわからないんですけどね、と苦笑いをする主になんと返すべきかわからず俺は頷いてみたがおそらく主はどんな返答も望んでいない気がした。
これは他人が踏み込んではいけない領域だった。たとえそれが現在最も近しい存在であったとしてもだ。

「……歴史を正せば家族が帰ってくるかもしれないと聞きました。また、戻ってきたとしても、私はまた共に過ごすことはできないと聞いても私の意志は揺るぎませんでした。ですが……」
「やはり会いたいか?主や他の本丸の審神者たちがどんな理由であろうと歴史を正そうと頑張っているんだから一目会うくらいならいいんじゃないかと俺は思うがなぁ」
「いえ、そうじゃないんです」
「だったらなんだと言うんだ?」

少し迷うような表情を浮かべ、俺から目を逸らした主はぽつりと呟いた。

「審神者である私がこんなことを言うべきではないのでしょうけど、最近、歴史修正主義者の者達にもそうせざるを得ない、何か特別な理由があるのではないかと思えて仕方がないのです」
「あいつらに?」
「もちろん、歴史を歪めることは許されることではありません。そのせいで未来が歪むのですから。けれど、何度倒されようと再編して何度も何度も特定の時代、戦場に現れて抗う姿を見るとそう思えてしまうのです」
「主は底抜けに優しいな。本来であれば君のような人間は争い事に関わるべきじゃあないんだろうが、君の力が必要とされている以上、戦うしかないんだろう?」
「そう、ですね……私はもう迷っている場合ではないのでしょうね」

それでも主の迷いはありありと伝わってくる。
もし、歴史修正主義者なんてものが現れなければ主はきっとこの写真に写る笑顔で今も毎日を過ごしていたんだろう。それこそがきっと主の幸せだったに違いない。
でも、それは俺が主と出会うことがなかったということに他ならない。それは少し、寂しいと感じてしまった。

「なぁ主」
「はい、なんでしょう?」
「君は俺と、俺たちと出会えたこと、よかったかい?」
「それはもちろんです!みなさんにどう映っているかはわかりませんが、これでも私は今のこの生活を気に入っていますし、私と共に過ごしてくれることに感謝しています」

ありがとう、鶴丸さん。
そっと微笑んだ主に心臓がどくんと跳ねて頬が熱くなる。なんなんだこれは。
なんだか突然主が可愛く見えてきてまっすぐ見ることができなくて視線を落とすと主の宝物である写真が嫌でも目に入った。
気のせい、見間違いだと思う。でも、そこに一瞬顔も知らない主の旦那が見えてむっとした。まるで主は渡さないと言われているようで。
ぐるぐると渦巻く醜い感情とほんのり色づいた感情に俺は混乱しながらもまっすぐ主を見据えた。

「俺こそありがとう主。君と出会えて俺も幸せだぜ。だが……欲を言うなら、これからは君の1番にしてほしいな」

ぽかんと呆けた顔をして、一瞬遅れて、からかわないでくださいと顔を赤く染めた主はより一層可愛らしかった。

過去に嫉妬してもどうしようもない

(だから俺はこれからの君の1番になれればいいんだ)