「名前のこと好きっス。だから付き合って。」

黄瀬がサラッと言ったから、ぼんやり聞いていた私は頭の中で内容を反復した。内容は重大だ。でも目の前でニコニコ笑っている黄瀬の態度は軽く見える。例えば「いいよ。」と言えば「ドッキリ大成功!」となるのだろうか。

「うわー、引っ掛かったー!」

「え?何?」

一手先を読んだ返事に、黄瀬がちんぷんかんぷんで頭を傾げた。あれ、私の予想が違ったのかな?何だか曖昧なまま、その話はうやむやになった。

「好き。本気なんスよ。」

2人でゴミ捨て場から教室に戻る途中に言われた。私は校舎の壁に手を付いた黄瀬と対面していて、所謂これは壁ドンというやつだ。真剣な表情と声が非現実に感じるというか、まるで雑誌か画面の向こうの映像でも見ているようだ。さすがモデル。

「カツアゲ?」

「真面目に答えてよ。」

いや、モデルに壁ドンされて真剣に告白されるなんて状況なら料金が発生してもおかしくないと思って。何て言うんだっけ、オプション?そんなことを考えていたら「黄瀬くーん!」という女の子の声が曲がり角の向こうから聞こえて解放された。

「好きだって言ってるじゃないっスか!名前はいっつもハグらかして酷いっス!」

黄瀬がプンプンと効果音が付きそうに怒っていた。世の女性達にはこういうところがかわいく見えるのかもしれない。あざとい。

「それくらいなら友達にも言われたことあるし。差が分かんないよ。」

「友達からの好きと一緒にしないで欲しいっス!俺の方が何倍も何百倍も何万倍も名前のこと好きだし、絶対に誰にも負けない。」

何て幼稚なことを堂々と言うんだろう、何歳児だ。私と同い年なのは知ってるけど。

「じゃあ万の次の位はなーんだ?」

「万…、えと…。一、十、百、千、万……。十万っス!」

体は大きいけど、中身は幼稚なようだ。「うんうん、そうだね。飴あげようね。」と頭を撫でると、黄瀬は怒って行ってしまった。ちゃっかり飴は受け取って。