かっこよくて、優しくて、本当にいい人。
こんなに素敵な条件が揃った男性がこの世にたくさん存在するわけがない。
でも、いい人なのに残念な人だったりする。

「名前ちゃん、ここで出会ったのは俺達が運命という名の赤い糸で結ばれているからなんだよ、さぁ、一緒に学校に行こう!」

「……丁重に御断りさせていただきます」

毎朝、私の家の前で待ちぶせする森山先輩に思わず溜息が出てしまう。
そもそも一、後輩である私に構わずさっさと登校すればいいのに。
私に気があるのかと期待してしまうからやめてほしい。

「あっ!あの子かわいい!」

ほら、一緒に登校していても先輩は私以外の女の子を捕まえては愛の告白を振り撒いている。
期待しては願望を壊される、もういい加減疲れた。
それでも、私が先輩から離れられないのはやっぱり好きだから、そう思うと矛盾している気がする。

「君と俺がこうして出会ったのは運命、いっ、痛い!名前ちゃん痛いっ!」

「はいはい、他所様に迷惑をかけるのはやめましょうね」

先輩の耳を引っ張り、先輩の病気の被害にあっている女の子から引き剥がす。
ようやく先輩が離れると、女の子はあからさまに安堵した表情になっている。
口説くのもいいけど相手の子がかわいそう。

「名字っち!おはようっス!」

今度は元気な声と共に私の腰に腕を回して抱きついてくる黄瀬くんに私の心労がさらに増やされていく。
女の子を求めてふらふら何処かに行ってしまう森山先輩と、異常に私に懐いている黄瀬くんの2人の面倒を私1人で見るのは大変だ。
誰か助けてほしい。

「黄瀬!名前ちゃんの身体に断りもなく触れるだなんて、なんて羨ましいんだっ!」

「森山先輩、言葉が変ですよ」

「俺は特別にいいって名字っちが言ってたっス!誰になんて言われても名字っちは俺の御主人様っスよっ!」

「黄瀬くん、言ってないしなったつもりもないんだけど」

先輩と黄瀬くんの謎の言い争いの間に挟まれながら毎朝学校に向かう私に休息の時間はないのだろうか。
だいたい、こんなことをするのもマネージャーの仕事の内に入れないでほしい。

「森山、黄瀬、あまり名字に迷惑かけるのはやめてあげてくれな」

そう言い、朗らかな笑みを浮かべた小堀先輩は私達を置いてさっさと歩いて行ってしまった。
いや、言い逃げしないで助けてよ。

「ハッ!あの子は俺の運命の子だっ!」

「いいからさっさと学校に行って下さい!」

また違う女の子を見ながらかわいいと連呼する先輩の耳をぐいぐい引っ張って歩き出す。
ズキズキと痛み出す心臓に気付かないふりをして先輩に呆れた表情を見せる。
私を見てくれない先輩の傍にいることがこんなにも辛い。


「名前ちゃん!かわいい子を俺に紹介してくれないか!?頼むっ!」

昼休み、黄瀬くんと屋上で昼食を食べていたらまた森山先輩が現れた。
「また」とは、今日に限らず先輩はいつも昼休みに私達の元へ現れるのである。
そして、こうして意味の分からないお願いをしてくるのだ。

「かわいい子だなんて、たくさんいるじゃないですか…」

「ただかわいくても駄目なんだよ!俺と運命の赤い糸で結ばれているかわいい女の子じゃないとっ!」

「先輩、そんな人は尚更いませんよ」

難しい表情で考えこむ先輩の横顔をじっと見つめてしまう。
真剣に考えているのは女の子のことなのだが、それよりも顔立ちが整っているせいでかっこよく見えてしまいドキドキする。

「誰かいないかなぁ…」

「森山先輩、用が済んだのなら早く教室に戻って下さいっス!」

ぶーぶー文句を言う黄瀬くんの言葉に思わず賛同してしまう。
先輩の口から女の子の話なんて聞きたくないのに、こうして聞かされる私にとってはすごく酷だ。

「あっ!そうだっ!」

急に先輩が名案だと言いたげな表情で私を凝視する。
それから私の両手をぎゅっと握り、距離を縮めてきた。

「名前ちゃんが俺の運命の人になってくれればいいんだよ!」

「えっ」

「好きだよ名前ちゃん、俺と付き合って下さい」

突然言われた言葉に考えが追いつかない。
呆然とする私の代わりに黄瀬くんが私達の間に割って入り口を挟んだ。

「何言っちゃってるんスか!?そんな言葉、名字っちに冗談でも言わないでっ!」

黄瀬くんによって先輩の手が私の手から離される。
それから黄瀬くんが私の手首を掴み、先輩を残し私を連れて屋上から去った。

「名字っち、ああいう時はちゃんと怒らないと駄目っスよ」

「えっ」

「あれだとただの女タラシっス」

前を歩いていた黄瀬くんが足を止めて私に向かって振り向いてくる。
いつのまにか手首ではなく私の手が握られてしまっていた。

「俺は、名字っちのことが…」

一度言葉をやめてから黄瀬くんが首を緩く横に振る。
それからいつものように笑って言った。

「やっぱ、なんでもないっス」

気のせいだろうか。
黄瀬くんが元気なさそうに見えるのは。


どういう風の吹き回しだろうか。
あれから数日、森山先輩が女の子を口説く姿を見なくなった。
それと同時に先輩が私の家まで迎えに来ることもない。
先輩にとっては大したことがないかもしれない。
でも、私にとってはなんだかんだ言ってもあの通学時間はすごく幸せだったのに。

「おはよう、名字」

「おはようございます、小堀先輩」

偶然通学路で会った小堀先輩とならんで歩く。
今日は森山先輩も黄瀬くんもいない。
いつもより静かな通学時間。

「名字はさ、森山のことが好きだよね?」

小堀先輩の突然の問いかけに私は思わず足を止めてしまう。
動揺する私の反応を先輩は笑うわけでもなく言葉を続ける。

「たぶんそうなんじゃないかと思ってた、やっぱりそうか…」

先輩が私の頭をポンポンと優しく撫でる。
その手があまりにも温かくて何故だか目頭が熱くなった。

「どうしたんですか、急に」

「まぁ、なんて言うか、俺も痺れを切らした、かな?」

自問自答しながら先輩は苦笑いを浮かべる。
それから何処かに向かって声をかけた。

「おーい森山、いるんだろ?」

私が驚いて声がかけられた方に振り向けば、森山先輩がばつが悪そうな表情で頬をかいている。
そんな森山先輩の姿を見て小堀先輩がにこやかに笑みを浮かべ、再び私に向き直った。

「森山はさ、意外と一途なんだよ」

小堀先輩の言っている意味が分からない。
戸惑いを隠せないでいる私の肩を誰かが強く叩いてきた。

「素直になっちゃえ!名字っち!」

「……黄瀬くん?」

「それじゃ、お先っス!」

私に抱きついてくることもなくさっさと学校に行ってしまう黄瀬くん。
そして黄瀬くんに続いて小堀先輩も行ってしまった。
通学路に残されたのは私と森山先輩の2人だけ。

「…そっ、それじゃ、私」

「待ってくれ」

私もみんなに続いて行こうとすれば森山先輩が切羽詰まったように呼び止めてくる。
立ち止まっている私に近付き、先輩は静かに口を開いた。

「話があるんだ」

朝の通学路は静寂に包まれている。
そのせいか、先輩の言葉は一つ一つしっかりと私の耳に届く。

「冗談なんかじゃない、本気だから」

先輩が真っ直ぐに私を見据える。
私はただ次に続く言葉を黙って待っていることしかできない。
それほどまでに、先輩の表情は真剣そのものだった。

「名字名前さん、君のことが好きです。……俺と付き合って下さい」

先輩が、私を?
素直に返事ができないのはきっと信じられないからだと思う。
女の子ばかり追いかけていた先輩が私を好きだなんてどうしても信じられなかった。

「でも…私…」

「今すぐ信じろとは言わない、でも、ちゃんと考えてくれないか?」

「かっ、考えるって…」

「俺はもう名前ちゃんだけにしか口説かない、名前ちゃんに俺が本気だと信じてほしいから」

ここ数日女の子を口説かないでいたのは全部私のためなの?
本気で先輩は私を好きでいてくれるの?

「……そんなこと、言わないで」

ぽろぽろと涙が溢れてくる。
だって、好きな人が私を好きだと言ってくれるだなんて夢を見ているみたいだ。

「…そんな風に言われたら私、自惚れちゃうじゃないですか…っ」

「自惚れていいんだよ」

私の頬を伝って流れ落ちる涙を先輩の指が優しく拭ってくれる。
その温もりが酷く優しくて、私の涙は当分止まりそうもない気がした。

「もう一度言うよ……俺は、名前ちゃんのことが好きだよ」

「……何度も好きだなんて言わないで下さいよ」

「どうして?」

「これが私の都合のいい夢だったら、辛すぎます…」

「大丈夫、夢じゃないから」

幸せだ、心の底からそう思いながら私の頬を撫でる先輩の指を小さく握る。
そんな私に先輩はふわりと微笑んでから私の指を握り返した。

「もう泣かないで、俺のお姫様」

キザな言葉も今だけは素敵な愛の詩、そんな風に私の鼓膜を優しく揺らしていた。


「名前ちゃん、ここで出会ったのは俺達が運命という名の赤い糸で結ばれているからなんだよ、さぁ、一緒に学校に行こう!」

今日も今日とて森山先輩は残念な人。
でも、こんな言葉を他の誰でもなく私だけに向けてくれているのだから許してしまう。

「名字っち!おはよーっス!」

黄瀬くんが満面の笑みを浮かべながら私に声をかけてくる。
次に先輩にも挨拶を交わした。
でも、挨拶だけではなく黄瀬くんは先輩に言葉を続けている。

「森山先輩、名字っちのこと泣かさないで下さいっスよ?泣かしたら俺が先輩をしばくっス!」

ケラケラ笑いながら黄瀬くんの足が一足早く学校に向けて走り出す。
その黄瀬くんの背中に向かって先輩が呼び止める。

「黄瀬っ!」

「なんスかー?」

「……悪い、それからありがとな」

「……別に、いつでも奪うっスから」

今度こそ黄瀬くんが駆け足で学校に向かって行ってしまう。
その背中が小さくなるまでしばらく見送ってから先輩が私に向き直った。

「それじゃ、行こうか」

「はい」

差し出された手にそっと自分の手を重ねる。
なんだか気恥ずかしくて2人顔を見合わせながら照れ笑いを浮かべた。
私達の始まりはこれから、そう思いながら2人一緒に一歩を踏み出した。



夢を見るのを止めた理由

あなたに好きと言われた日から私は夢から目を覚ます。
だって、あなたと想いが通じ合えるのなら夢を見る必要がなくなるでしょ。
差し詰め私はあなただけに起こされる眠り姫ってことかしら。