結城からの突然の呼び出しメールが来て駆け付ければ、何処の青春漫画の一コマかというような景色の中に項垂れた名字がいた。半分沈みかけの夕日を前にして川原でスカートを抱えて体育座り。 呼び出しをかけてきた当の本人はどこにもおらず、つい先ほど結城から届いたメールには一言『頼む』と書かれていた。 頼むと言ったって、何をどうすれば良い。 一先ず彼女に近寄って声を掛けようとしたのだけれども、肩が震えているのが見えて、泣いているのだと気が付いた。そこでやっと事の経緯を察した。 「フラれたのか」 「…哲にフラれちゃった」 枯れた声で呟く。その横に腰かけると、多分顔を見られまいという事だろう。スカートを抱えていた両手を膝の上に持ってきて、顔を埋めた。 彼女を好きになったのは、ごく最近。最後の夏の大会が始まる前。 そして彼女が結城の事を好きだと知ったのが、夏の大会が終わってすぐ後だった。 彼女と結城は所謂幼馴染と言うやつで、これはもう諦めて二人の幸せを応援するしかないのだと勝手に負けて勝手に決めていた。それがまさか、結城には名字以外の好きな女子がいるなんて。 「あいつには好きな奴がいるらしいから、諦めた方が傷つかないぞ」 そう言ってやるのが優しさなのかもしれない。が、俺自身が彼女を傷付ける側になっていまう事と、何か狡い事をしてしまうように感じて喉元までせり上がったその台詞を毎回飲込んでしまう。そうすると胸のあたりで閊えてひどく苦しくなった。 しかし黙っていてもいつかは分かってしまう事で、どうやらそれが今日だったらしい。結城が、彼が好きな女子に告白し「受験もあるし考えさせて」と返事を保留にされた事を噂で聞き、慌てて名字も結城に告白をしに行ったのだとか。そうして「すまない」という返事を返されたらしい。 「私はね、女の子として見れないんだって」 「そうか。結城も案外馬鹿な奴だな」 「ただの幼馴染なんだって」 腕の中に顔を埋めたまま、自嘲気味に笑いながら言う。 こんなにも傷付いているのだから、頭の一つでも撫でてやるのが優しさなのだろうけれども、俺にはそれをすることは出来ない。 「こんなに好きなのにな」 ただ隣に座って、話を聞いてやる事しかできなかった。 「仕方ないよね。ただの幼馴染なんだからさ」 「見る目ないな、あいつは。こんなにいい女子は他にいない」 「あはは。有難う、クリス。惚れちゃいそうだよ」 初めて顔を上げた彼女の表情は、夕闇の陰になって良く見えなかった。それでも、涙で濡れた目元が光っているのは分かる。 軋んだ音を立てた胸。それは痛みか期待か。 言ってはダメだと思った。それでも、せり上がってくるものは止められない。今なら、なんて狡さが顔を出す。狡いけれども。分かっているけれども。 沈みゆく夕日と反対側から迫ってくる影が、背中を押した。 「好き、なんだ」 案外呆気なく出た言葉。彼女の横顔が微笑んだ。それはそれは愛しそうに。 「うん。好き。哲が好き。大好き」 そうして再び涙が滲んできて、頬を伝い落ちる。 違うんだ。お前が結城を好きか聞いたのでなない。俺がお前を好きなんだ。 「本当に好きなんだ」 「うん。大好きなの。フラれちゃったけど、好きなの」 ほろほろと零れ落ちる涙に乗せるように、自分の口から何度も何度も同じ言葉が出てくる。 本当に好きなんだ、お前の事が。 言うまいと決めていたのに。最悪のタイミングで零れる言葉に、羞恥と僅かな期待が湧いて出てくる。そうさせたのは、きっとこの夕闇のせいだ。うまく顔が見えないから、この顔を隠してくれると思った。西へ消えかけの真っ赤な夕陽も、東から迫る濃い墨色の影も、狡い部分を隠してくれると思った。 彼女は今、どんな顔をしているのだろうか。俺の顔を見たら、なんて酷い奴だと怒ってしまうかもしれない。 それでも喉元までせり上がってきた言葉は留める事ができず、音になって出てくる。 「本当に、好きなんだよ」 果たして、バイクの音や子供の騒ぐ声の中でその言葉は聞こえたのだろうか。隣に座る彼女の顔をそっと確認すると、何もなかったように腫れた目で川を見つめていた。 小さく零れた言葉は、どうやら僅かに残っていた夕日のように消えて行ったらしい。きっと、夕闇だから、なんてズルをした罰だろう。 夕闇だから。 夕闇が隠してくれるから、隠していた気持ちが君に零れた。 |