どちらも死ぬか、どちらかが死ぬか。
私と彼の生きている殺伐としたこの裏の世界。私達の別れの術は、今挙げた二つしかないのである。

つまりは。


「馬鹿じゃないの、本当、に」

言葉を発する度、心臓が熱く跳ねて何かがじわりじわりと染み出していくのが分かった。
徐々に熱が冷めて、感覚というものを手放す私を引き留めるように彼は冷たくなる私の手を握った。

ただ彼は何も言わず――帽子で感情を滲ませる目を隠して、私をその奥から見つめていた。


「何で、そんな顔するんだか・・・、」

「・・・うるせ、」


握っている手は熱く感じた。ああ、私の手が冷え切っているからか。
もうすぐ、もうすぐだと。呼吸するたびに失われていく視野と思考。彼は帽子を手に取って、そっと私の胸元に置いた。


「ねぇ、次元」

「・・・なんだ」


言葉を発すれば一歩一歩私は別世界へと去ってしまうのに、彼はそれを止めようとしなかった。
それは彼なりの優しさか、・・・それとも、今までの事への決別の為か。


「わたしね、貴方に逢えてよかった・・・って今、ほんのちょっとだけ、思ったよ」

「奇遇だな。俺も思ったよ、お前さんに逢えてよかったとな」


らしくねぇや、と手をゆっくり放して立ち上がった彼は、私にくれた帽子のかわりに手で目元を覆った。
もうろくに何も見えなくなった目に、確かに映った彼の涙を捉えた。そして私は、ふっと笑って人生最後の言葉を、人生最後に出会った人へ放った。


「泣かないで、大介。代わりに泣くから」


貴方の分まで、

貴方と別れる最後の瞬間まで、貴方がこれ以上…泣くことがないように。


涙と一緒に零れた私の最後の体温。
私のいない世界で彼は、彼のいない世界で私は。

互いのために、また泣くのであろう。


「・・・馬鹿はお前さんもだったな」


もし、この裏の世界の人間でなかったら。ただの一般人だったなら。
この仕事で抱いた感情が、ただの仲間意識だと嘘を吐かずに。


 心 か ら の 恋 だ っ た

そう、言えただろう。


お前さんが俺のかわりに泣いてくれたなら、否、俺の分まで泣いてくれたなら。


「じゃあな、」


どうか、これ以上は泣かないでいて。次からは、笑っていられますように。