緑の黒髪は私の最大のコンプレックスであった。



「俺は好きだけどな、名前の髪」
「なんでよ。こんな墨色の髪の毛。せっかく可愛い服着ても、すごく浮くんだから」


所謂制服デート。
学校近くの喫茶店で、ブレザー男子とセーラー女子が会話しているその様子はまさしく恋人同士のそれ。
だが実際はただの幼馴染という非常にベターな関係である。

私はメロンソーダとイチゴパフェ、零はブラックコーヒーのみ。
きらきら光る透き通った緑はとても鮮やか。
メロンソーダは美味しいから好きだけど、その美しさを見せ付けるように主張してくる様は嫌いだった。


「それが魅力なんだよ。ただでさえ着る服を選ぶ黒・・・名前はその上を行く漆黒だ。なら、名前にしか着れない、似合わない服があるってこと」
「全然嬉しくない。私は、例えばそこにいる女の子たちみたいに、流行りの服を一番綺麗に着てみたい」


ちら、と目線をずらす。
その先には、大学生ぐらいの女の子が数人、女子会のようなものを開いていた。
彼女らの服のセンスは一目見ただけでも抜群に良いと思った。
花柄とか透け素材とか、流行りのアイテムを駆使して自分を可愛く仕立て上げている。
そして彼女らの髪の色は、多少の違いはあれど明るいブラウン。
きゃっきゃと笑って巻いたブラウンヘアーを指で遊んで、ああ、可愛いなあ。


「こんなんじゃ、ない」


悔しかった。
あの人たちのブラウンは生まれ持った色じゃないけど、すっかり馴染んでいる。

私だって、染めたことがないわけじゃないんだ。
去年の夏休み、先生の指導の手が伸びない暑く自由な日に、私は思い切って並んでいた中で一番明るい茶色を選んだ。
もちろん、零のいない時。
彼はそのとき、塾の夏期講習に参加していた。
誰にも邪魔されない、これから新しい私になるというドキドキに落ち着かない体をどうにか静めて、私は鏡の前に立った。



「・・・零は、染めないの?」
「うん」
「なんで」
「この色が一番俺らしいと思ってるから」
「・・・そだね、その通りだよ」


憎むべきは日本人顔といったところだろうか。
その日私は部屋から一歩も出なかった。

絶望だった。
髪染めたよと私に写メを送ってきた友達は、あんなに似合っていたのに。


「名前も、その色が一番似合う」


うるさいな、
ちゃんと言ったつもりだったのに上手く言葉にならなくて、テーブルに額を押し付けた。
知ってるから。
分かってるから、私この漆黒以外は、笑っちゃうほど似合わないんだ。

それを知らずに毛染めを薦めてくる友達も、知ってるから褒めちぎる零も、知ってるくせに諦められないしつこい私も、全部全部、嫌いだ!



「・・・帰る」
「ん、俺出すよ」
「いい」



一人になりたい、とついて来ようとする零を振り切って、私は近くのスーパーに走った。
あの日を思い出す。
きらきら輝いた目で、スーパーの袋に入った宝物を大事に抱えて走ったあの日の何も知らない私は、ただ嬉しかった。

フラッシュバック。
一番明るいヘアカラーの箱は、デザインが少し変わっていた。
だけど中身は変わらない。
私も、何一つ変わっちゃいない。

コンプレックスを、上書きで殺すの。
でも髪の毛が明るくなっても私は私で、結局は何も変わらない。
ただ、こんな私を見た彼がどんな反応をするかだけが、その時の私の唯一の興味であった。





(でも明るくなった髪を見てちょっとだけ心が軽くなったように思えるのは、彼のお気に入りで私に一番お似合いの大嫌いな黒髪を見ずにいれるからという私の、足掻き)