「それじゃあ、今日の授業は終わり。皆さん、気をつけて帰ってください」
「「はあーい!!チェレン先生、さよならー!!」」
教室を飛び出す子供達の笑い声。無邪気って素晴らしい、と思えるようになったのは、チェレンさんに子供の素敵なところをたくさん教えてもらったから。



「チェレンさん、お疲れ様です」
先生の仕事を終えたチェレンさんは、手にした教材を脇に抱え控え室へ歩き出すところだった。
「ああ、名前さん。ありがとうございます」
「今日は、ジムの方は?」
「今日は挑戦者も、もう来ないんじゃないでしょうか…」
このヒオウギジムの管理の手伝いをしている私は、ジムリーダーであるチェレンさんとよくお話する。聡明で、人当たりの良い大人な人。チェレンさんを慕う人は少なくなかった。
それは子供達とて例外でなく。


「あたし、大きくなったらチェレン先生のおよめさんになる!」
目を輝かせ顔を赤らめてチェレンにそう言うのは、教え子でまだ年端もいかぬ女の子。
「ありがとう。楽しみにしてるよ」
にこっと笑ったチェレンさんは、決して乙女を傷つけない言葉を返した。期待に胸を膨らませたまま帰路へとつく少女。振り返り振り返り、手を振る姿はあまりに健気。


「チェレン、お疲れっ!」
ジムを出るなり、明るい声がチェレンさんを呼ぶ。
「やあ、ベル。二週間ぶりかな」
「どお?ジムリーダーの仕事、順調?」
「まあね」
ベル。幼なじみだという彼女の前で、チェレンさんは見たこともない人になる。どこか斜に構えた、すました子供のような雰囲気を湛えた笑顔。そして恐らくそれは、素のチェレンさん。
あっ、こんにちは!という声で我に返る。
「ねえねえ!チェレン、久しぶりにアララギ博士のところに顔出さない?なんか頼みたいことがあるんだって!」
「ああ。いいよ、今日はもう非番だからね」
「やったあ!」
嬉しそうに腕を振り上げる。そんなベルさんを眺めながら、チェレンさんはどこまでも幸せそうに笑っていた。



「名前さん、いつもありがとうございます」
教材を運ぶ手伝いをする。重そうな箱の中には、どう使うのか分からないオモチャばかり。
「いえ…チェレンさん、本当に熱心ですよね」
「子供達は、ぼくらが思いも寄らない力を持っています。それを引き出してあげるのが先生の役割だ」
「…とても、子供想いですね」
照れくさそうに笑ったチェレンさんが、抱えていた教材を見つめて呟いた。
「みんなのことが、大好きですから」
微笑む横顔に嘘はない。けれど、その言葉を信じるには私は大人過ぎた。
「私も、そんなチェレンさんが好きです」
「…ありがとう」

無邪気な子供達は、チェレンさんの大人な嘘に気づかない。私も子供達のように、あなたの嘘を知らないまま過ごしたかった、と思う。



呆れるくらいたわいもない日常が






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企画サイト「リーブラの思慕」様に提出させていただきました!