「今日の夕飯、何が良い?」


リビングに設けているソファーに座りながら、面白くもない昼ドラを暇潰しに掛けてただ眺めていれば、聴き慣れた声が辺りに響く。ゆっくりと首だけ後ろへと振り向かせると、ソファーの後ろ側から背凭れへと両腕を置いて至極楽しそうに笑いながらオレを見ていた人物と視線がぶつかり合う。答えを待っているようで、でもわかりきっていると云った視線に。数本の皺が眉間に知らず刻まれた。


「…何でもいい」
「晋助、たまには真剣に悩んでくれないかな。こう毎回同じ返答を貰う身にもなって欲しいんだけど」
「知らねえ」
「姉の質問に応えてくれたって、バチは当たらないと思うけどなあ」


苦笑を浮かべながら名前はそう呟く。姉と云っても、たった数十分早く生まれただけだろ、という吐きかけた反論の言葉は呑み込んでおき、ただ睨み返すだけに止める。そんなオレの様子に名前はまた、至極楽しそうな表情を見せていた。

目の前で無邪気に笑う名前は、オレの双子の姉という存在だ。といっても、オレ達を知らない連中は、此方からオレ達は双子だと云わない限りわからないほど、容姿や性格がまるっきり違う。家の中でも外でも基本的に相手を呼ぶ時はお互い下の名を呼び、一緒に買い物へ出掛けることもある。そのせいで、時折周囲からは恋人だと誤解されることもあるほどに、知らない連中からしてみればオレ達は双子に見られないことが多かった。

またオレ達自身も双子であるという認識はあまりなく、気付いたら一番近くにいて、誰よりも知っている存在、という認識が強かった。そのため名前自身が姉のように振舞うこともなければ、オレ自身も弟のように振舞うこともない。時折、悪戯や嫌みとして姉だ弟だと云うことはあるが、その言葉にこれと云った拘りは一切なく。ただのじゃれ合いの一つとして使うことしかなかった。それは、使いたくなかったという思いが、少なからずあったのだろう。


「そもそも、なんでテメエが作んだ。アイツらが居んだろ」
「親戚の家に行くから、ということで私達の両親は二人とも出掛けて不在。帰って来るのは明日っていう話を、昨日の夕飯時に云ってたんだけど?」
「…知らねえ」
「うん、知ってる。興味無いことは聞かないのが晋助だから」
「………」


そう云って名前はまた楽しそうに笑う。それが普通であると、わかっていると云うようで。長く一緒に居るからこそ読み取られる思考は、しかし読まれた本人としては大変面白くない。それは眉間に作られた皺が更に深く、多く刻まれていくのを感じる程に。だが、それが嫌いだと思ったことは不思議と一度もない。

何せ、双子である姉を心の何処かで酷く想っている自分がいるのだから。


「だから、今日の夕飯は私が作るんだけど。レパートリーを考えるのは大変だから。晋助考えてくれないかな?」
「ふざけんな。なんでオレが」
「なら、夕飯は抜きでいこうか。実は材料も殆んど無いから、リクエストされても買い物に行かないと作れないんだあ。重たい荷物を持つのは物凄く大変だから」


何が云いたいのか、こちらとしても大体予想は点く。つまりは、遠回しに荷物運びに来いと云いたいのだ。手伝って欲しいと素直に云っても、誰よりもオレの事をわかっていた名前には断られると最初からわかっていた。だから技と遠回しの発言ばかりをする。そんな名前の姿に、相変わらずだなと密かに思う。オレも人の事をとやかく云えた性格をしてはいないが、そういうところはオレと同じなんだなと感じさせられる。見た目も口調も振る舞いも全く違う癖に、思考だけは嫌と云うほどに同じだ。そう、嫌というほど。

きっと、名前も同じ想いを抱いているのだろう。それがどれほどかということも、多分同じで。だが、決して口には出さない。それが、唯一オレと名前が持つ最初で最後の、優しさなのかもしれない。


「…本当にオレが云えば作るのか?」
「それ相応の労力を晋助が見せてくれれば、頑張って作ると約束するけど」
「………」


数秒間の沈黙後、オレは小さな舌打ちを一つすると長らく座っていたソファーから腰を上げた。そんなオレの動きに合わせて名前はまた嬉しそうに笑っている。その顔があまりにもムカついたが、怒る気にもなれない。ただ黙ったまま携帯と財布を取りに一度自分の部屋へと戻る。数分で身支度を整え玄関へと足を運べば、玄関のドアを開けて待っている、名前。


「今日の夕飯、何が良い?」


最初と同じセリフを聞き、オレは面倒臭そうな音色に答える。


「お前のお任せコース」


うん、わかったよ。
そう云ってオレに笑顔を向ける、誰よりも大切で好きだと思える姉の頭を、オレは乱雑に撫でた。

END