バレンタインデー、世間はそれで賑わっている。
安っぽいチョコレートがデパートやコンビニに並び、真っ赤なハートマークがこれでもかと飾られ、ポップが乱立していた。
「………」
切れたコーヒー豆を買いに来ただけだというのに、目はもはや食傷気味になっていた。食べてもいないチョコレートの甘ったるい味が、口の中に広がる気がした。

だから今このテーブルに広げられているチョコレート達はただの気まぐれだ。
そう、本当にただの気まぐれであって、仕事の合間に甘い物を摘むのが大好きな我らがボスを思い出しひとつコーヒーついでに作ってみようなどと、まさか、考えた訳がない。
(サカキ様の口に合うチョコレートなど、給料何ヶ月分費やしたところで買えやしないし)
自分で自分に言い訳をしながら板チョコの銀紙を剥がす。名前の面持ちは、知らず緊張していた。



「失礼します」
紙束と包みを手に部屋を訪れる名前。退屈そうにパソコンを眺めていたサカキが、名前の姿を見るなり口端を僅かに緩めた。
「何の用だ」
「こちらの書類に目を通して戴きたいのですが」
「……」
黙って書類を受け取ったサカキは、右手に隠れたその包みに気づくと名前を見遣った。
「それは何だ」
「…はっ、これは」
そこまで気を張っていた名前は、言葉に詰まると小さく唇を噛んだ。
「……デスクワークに疲れた際にでも、と」
「私にか?」
「はい」
恐る恐る差し出された包みを、暫し不思議そうに眺めるサカキ。ふと何かに気づいたらしく、壁に掛けてあったカレンダーへと顔を向けた。
「なるほど。バレンタインデーか」
「い、いえ!そのようなつもりはっ…!」
慌てて首を振る名前。熱を持った頬を隠さんと、俯きながらデスクに手をついた。
「ただ、いつもより安くなっていたので……買ったまでです」
「ほう。手作りのチョコレートが、安売りとはな」
言われて、しまったとばかりに目を剥く名前。いつの間にかシンプルな包みは開けられ、サカキの前にはチョコレートが広げられていた。
「ブランデー入りか…随分と手間のかかる」
「……サカキ様の、お口に合うように」
「たまにはかわいいことをするんだな。名前」
「し、失礼しました!」
急かされるように一礼した名前は、サカキの顔も見ずに足早に部屋を後にした。
「…クク」
ココアパウダーのついた指を軽く舐め、サカキは悦に入ったように笑った。



サカキが“数多いる団員達からのチョコレートを一つも受け取らなかった”という噂を名前が伝え聞いたのは、それから二日後の話。



Valentine-day boss






------
企画サイト「リーブラの思慕」様に提出させていただきました!