冷えてしまったお夕飯を暖めようとレンジに入れた瞬間、家中の明かりが消えた。 「…え、停電?」 「名前様、ご無事ですか!」 「あ、ノボリくん。大丈夫だよ、心配ないよ。…って、おおっ?」 バタバタとノボリくんがキッチンに向かう足音がして(彼にしては珍しく焦っているようだ)、そんな彼に申し訳ないほどけろっとした返事をした私の体はぐらりと傾いた。 腕を引かれるという突然のことに目を丸くした私はその引力に抗えないままノボリくんに倒れこんで、そのまま2人仲良くフローリングに座り込む。 ますます慌てたように「も、申し訳ありません」と口早にしゃべったノボリくんに気にしなくていいと首を横に振って、それから気づいた。そうだ今は真っ暗だ。 「大丈夫だから、気にしなくていいよ。それより停電だね…」 「そうですね、珍しい…」 「クダリくん大丈夫かな?暗いの苦手そう」 「ご心配には及びません。あの子はお化け屋敷が大好きなタイプですから」 「じゃあ大丈夫だね」 ノボリくんの同僚の彼を思い出してくすりと笑う。暗いよーって泣きそうなイメージがあったけれど、たしかにノリノリでお化け屋敷に向かいそうなイメージも簡単にできた。不思議。 「あ。そうだ、ノボリくんごめん。電子レンジ使えないから、冷めたお夕飯しかない」 「ではお夕飯は後にしましょう。せっかく名前様が作ってくれたものですし」 「でもお腹空いてるでしょう?明日も早いのに」 「いえ、わたくしは平気です。それよりも名前様こそお疲れではないのです?眠くなったらわたくしに構わず眠ってくださいまし」 「…ふふ、ありがとう」 しおらしくそう言いながらも、きっとそのときの私はノボリくんより早く眠るなんてとんでもない!という顔をしていたと思う。 サブウェイマスターをしていて、ギアステーションに寝泊まる日だって少なくないノボリくんが家に帰ってきてくれる日なのに、寝ちゃうなんてそんなもったいないことしたくない。カゴのみも常備なんだから。 「暗いですね。…シャンデラに照らしてもらうようお願いしましょうか」 「さすがにシャンデラに悪いよ。もうこんな時間だし」 「それもそうですね」 納得したような言葉にほっとしたのは、ノボリくんには内緒。 シャンデラに悪いっていうのは本心だけど、本心はひとつだけじゃないんだ。日頃は君たちのお相手ばかりしているノボリくんを、こんなときぐらいは独り占めさせてね。 そんな、ちょっぴり腹黒くなれているのかいないのか微妙なことに考えをめぐらせていると、ノボリくんの手が私に触れた。 まるで私がちゃんとそこにいるか、確かめるようにゆっくりと体の曲線に手をすべらせて。 「…どうかした?」 「いえ。あまりにも暗いのですこし心配になって…」 「おかしなノボリくん、私はこんなに近くにいるのに。消えたりしないよ」 「そうですね。けれどなぜでしょう、暗いからなのか…」 明かりがついたとき、名前様が突然いなくなってしまう気がして。 私をぎゅっと抱きしめて弱々しく囁いたノボリくんは、私がもう一度おかしなノボリくん、と呟いても私を離さなかった。それどころかますます力をこめる。 「ねえノボリくん。私は真っ暗なの、好きだよ」 「……」 「だって見えてる景色が黒くなるから。黒はノボリくんの色だから。全部、ノボリくんの色になってくれるから」 「名前様…」 「ごめんね、暗いの怖いー!って言うような可愛げがなくて」 「そんな名前様も、わたくしは愛しております」 「本当?うれしい」 なんだかあったかくて、くすくすと笑っていたらノボリくんがキスをくれた。 いつもは恥ずかしがってしてくれないのになあ、なんて、暗がりのパワーをひしひしと感じながら私もキスをしたのは言うまでもない。 漆黒の中に溢れた光 (そのあとノボリくんが私のことを「名前」と呼んでくれまして、) (なんだかとてもぽかぽかしました) - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - リーブラの思慕さまに提出させていただきました。ありがとうございました。 2013.05.12 |