「緑間くんって、絶対あの人のこと好きですよね」

黒子の何気ない一言で、俺の動きは停止した。そういうのに一番疎いのは紛れもなく黒子だと思っていたからだ。現に、桃井からの好意を黒子は微塵も気付いていない。

「あー、ソレ俺も思ってたっス!緑間っちと幼なじみの、あの可愛い茶髪の子っスよね?!」
「…ただの幼なじみなのだよ」

さっさと部室から出ようとすれば、青峰と紫原も会話に加わり逃げられなくなった。まさに最悪だ。今朝の占いで最下位だったのは、これのことかもしれない。

「のわりには、一緒に登下校してるじゃねーか」
「それは家が隣だからなのだよ」
「えー、でもあの子を見る目優しいよー?」
「はっ、やっぱ好きなんだろーが」
「そんなことないのだよ」
「でも、緑間くんとお似合いですよ」
「そうそう、緑間っち付き合えばいいんスよー」
「お前、あんま冷たくしてっと嫌われんぞ」

余計なお世話なのだよ、と捨て台詞を吐いて扉を開ければ、顔を真っ赤にしながら噂の張本人が立っていた。

「、迎えに来たんだけど……」

最悪のタイミングなのだよ、思わず小声で呟けば、あいつはピクリと肩を震わせて俯いた。

「真ちゃんごめん。私、先に帰るね」

呟くと同時に、帰宅部とは思えない瞬発力で俺の制止を振り切って、あいつは駆け出した。虚しく部室前に取り残された俺に、青峰は「だから言っただろーが」と追い討ちをかけるように呟いた。

「今のは緑間っちが悪いっスよ」
「追い掛けなくていいのー?」

別に一人で帰ればいいだけだ、一緒に帰るなんて約束をした覚えもない。あいつが勝手に待って、勝手に帰っただけだ。そんな言い訳を作り上げれば、黒子に「あまり意地を張らない方がいいと思いますよ。」と言われた。

「緑間くんは知らないと思いますが、彼女結構モテるようですよ」
「確か今日も告白されてたよねー」
「あ、告ったのサッカー部の一ノ瀬っスよ」

思わぬ事実に頭がついていかなくて、俺の思考と共に体は硬直した。あいつが?まさか。物心つく前から、おは朝の占いを信仰する前から、ずっと一緒だったはずなのに。何よりも、俺よりもこいつらの方が詳しいことにイライラした。

「緑間くん、追い掛けた方がいいんじゃないですか?」

黒子が言い終わらないうちに俺の足は走り出していた。下駄箱の前まで行けば、蹲るあいつが見えた。

「…何をしているのだよ」
「……、」

俺が声を掛けても微動だにしなかった。怒っているというより拗ねている、という表現の方が近いかもしれない。黙って隣にしゃがみ込めば、僅かだが顔を上げ、一瞬俺の顔を見た。

「別に…他意は無かったのだよ。まさかお前がそんなに傷付くなんて、」

そこまで言えばあいつはゆっくりと顔を上げた。重い空気の中交わる視線に、思わず反らしたくなったが俺の顔は張り付いたように動かなかった。

「……真ちゃんは、私のこと、好き?」

一文字一文字をゆっくりと噛み砕くかのように問い掛けられた俺の思考は完全に停止した。
「好き」、それは勿論LIKEではなくLOVEの意味で、なのだろう。幼なじみ、なんて曖昧に濁した答えをこいつは望んでいない。ここで断ればこれから先、こいつが試合の応援に来ることも、一緒に帰ることも、おそらく無くなるのだ。
ジッと見つめる視線からその真意を伺えば、一瞬不安そうに揺らめいた。不安にさせたのは誰でもない、俺自身なのだ。

「ずっと前から、好きなのだよ」

囁くように呟けば、あいつも顔を上げた。薄らと潤んだ瞳に吸い寄せられるように、間を置いて唇を近付ければ、あいつは断ることなくそれを受け入れた。