独り遊びに行った遊園地の観覧車で、突然相乗りを申し入れてきた相手を忘れられるだろうか。
所詮無理な話である。しかもそれが、明らかに他者とは異様な風格を纏った存在ならば余計に。



「N、さん。ですか」
その人は見た目が異様なら名前も異様だった。アルファベット一文字、人間に与えられたにしては味気ない。
「ウン。ボクは、ポケモン解放を謳うプラズマ団の仲間でね」
「プラズマ、団」
「知っているかい?」
知っているも何も、プラズマ団は今やあちこちでその名前を聞く集団だ。噂はあくまで賛否両論だが。
「って、あの…背の高い変な服の人と、カラフルな人達と…あと、ポワルンみたいな格好した人達?」
「そう。ゲーチスに七賢人、それに団員のみんな」
半ばジョークのつもりで言ったのだが、どうやら通じなかったらしい。N、という人は、何故か曇った目で私を見据えた。
「キミは、ポケモンを解放するべきだと思わないかい」
それは今まで何度も、プラズマ団によって街中に尋ねられてきた話。でも、今目の前でそう問うてきたこの人の言葉には、不思議と異様な重みがあった。
「…私?」
「キミの意見を聞きたい」
「思わ、な……わからない」
「そう」
短く頷くと、Nさんは黙ってしまった。窓の外の景色を見て、どこか寂しそうに。



それから後、プラズマ団が瓦解した。あの人はただの「仲間」などではなく、プラズマ団の“王”であったと知ったのは、そのほんの少し前だった。



「…ねぇキミ」
あの日と同じ観覧車の前。そんなことを思い出していたら、あの日と同じ声が聞こえた。
「…N、さん?」
「覚えててくれたんだ、嬉しいな」
そう言って笑うその顔を見て、あの日とは違う雰囲気に気づいた。
「また、一緒に乗りたいな。観覧車」
「…いいです、けど」
「行こう!」
大胆にも、手を引いて走り出したNさん。観覧車に乗る手続きをする間も、その横顔は確かに以前とは違っていた。

「ボクね、誰とでも一緒に観覧車に乗る訳じゃないんだ」
いきなり切り出されたのはそんな台詞だった。そこにどんな意味があるのか、読み取ることはできなかった。ただNさんの目は、あの日と違って輝いていた。
「あの日、キミに質問をしたよね?」
「え、…はい」
「答えは決まった?教えて欲しい」
「……解放、は」
「あ!マメパト達だ、おーい!」
突然、私の言葉を遮って窓の外へ叫ぶNさん。列を成して飛ぶマメパトの一群が、こちらを見てクルルッと鳴いた。
「…あ、ごっ、ゴメン」
我に返ったNさんは頭を掻いて謝る。そんな笑顔、あの日は見られなかったのに。
「ひょっとして、もう解放なんてしなくて、いいんじゃないですか」
「ボクもそう思う。嬉しいな、また一緒だ」
嬉しい、と言って、Nさんは心から嬉しそうに笑った。
「また、一緒?」
「あの時、初めてキミと出会った時、キミがくれた数式の答えはボクと同じだったんだ。あの日は解らなかった、でも後になってボクも同じ“解らない”が答えなんだって気づいた」
早口でまくし立てながら、Nさんは曇りない目で私を見据えていた。
「でも今は違う。解放はしなくてもいいんだ、だからボクは新しい問いを見つけたい」
「……嬉しそうですね、Nさん」
「ウン、嬉しいよ!キミと、…あっ」
観覧車が頂上に着いた時、Nさんから小さく声が上がった。
「そうだ。まだキミの名前を聞いてなかったね」
「…名前です」
「名前!」
パッと手を取られる。子供じみた言動には慣れないが、初めて会った日よりは彼らしいと思えた。
まだ二度しか会っていないのに、彼らしいだなんて。
「何を笑っているんだい?」
「…ううん、何でもないよ、N」
「そう?」

そんなに楽しかった訳ではないが、あの日のことは何故か大切な思い出になっている。
つまり、あの日から私は、惚れていたのかもしれない。



今だって、ずっと覚えている






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