「そ、それがしが、名前をまもる!」

『ゆきむらが?』

「そ、そうだ!」

『じゃあ、やくそくだよ?』

「うむ、やくそくはやぶらん」

『ふふ、ゆびきりねっ』


ああ、懐かしい。

いつの間にか縁側で寝てしまったようだ。五月の温かな風が頬を撫でる。それに運ばれる木々の新緑の香りがほのかに鼻をくすぐる。幸村とあのような約束をしたのも確か今頃だったか。お互いが舌足らずな言葉で紡いだ小さな約束。今でも幸村は覚えてくれているのだろうか。

「なーに、ニヤついてんのさ。姫さん」
『佐助、』

見上げた天井からひょいっと姿を現す忍べていない忍。佐助が言う「姫」っていうのはまあ、私が甲斐の虎、武田信玄の実の娘だからである。

『ちょっと昔のこと思い出してね』
「ふーん」

どうせ旦那のことでしょ、なんてぽつりと呟いた佐助の言葉は私の耳に届かない。そういえば佐助とセットなはずの幸村はどこだろうと首をかしげる。

「大将に呼ばれてんの」
『また戦?』
「いや今回は…」

「名前殿ぉぉぉおお!!」

何故か終始笑顔の佐助は「あ、来た来た」なんて幸村の姿を確認すると更に飛びきりの笑顔を私に向けてシュッと目の前から消えた。

『…え?』

未だに状況が掴めない。前方からズドドドッ!なんて効果音がつくほどに疾走してくる幸村が目指しているのは勿論私らしくて。しかし距離が縮まっているはずなのにその勢いは衰えなくて…、なんというか身の危険を感じた。さっきの佐助の変な態度といい、この状況は一体なんなんだ!

「名前殿ぉぉぉおおお!!」
『ちょ、ゆきっ…!』

逃げようとしたさ、けども…それよりも先に幸村は私の目の前に立ちはだかった。あんな勢いで走ってきたはずなのに息ひとつも乱れていない幸村に感心しつつ、一体何事かと幸村に問う。

「某が、名前殿を守るでござる!」
『え?』

私の問いの答えにはなっていないのだけど、先程思い出した幼い頃の幸村の言葉とかぶる。

「そ、某が…命に代えても…」
『幸村…』
「某はっ、…」

しかしあの頃とは違う。未だに幸村は幼さが残るものの、今は立派な武田の武士。私の目を真っ直ぐとした瞳で見つめてくる幸村から目が逸らせない。顔を赤らめながらも必死に私に何かを伝えようと言葉を紡いだ。

「っ名前殿が、好きでござる!」

「しかし、某が思いを告げたところで名前殿の縁談は何も変わりないが…それでも、他の男に名前殿が守られているなど!考えただけでも、この幸村…怒りで我を忘れそうになるでござる!」


突然の告白。

なぜ今なのか、こんな雰囲気も何もない流れでどうしてそうなったのか。しかも、その後に続く「縁談」という言葉。疑問はあるものの、ふと…佐助の気味の悪い笑顔に繋がった。そういうことか。

「…だから、」
『ちょっと待って幸村』
「っ某は…」
『佐助!…父上もいるんでしょう?』
「は?」

「ありゃ、バレちゃった?」
「ガハハハっ、流石わしの娘だ」

そう言って天井から佐助、部屋の陰から父上がそれぞれ姿を現した。思わず溜息をつく。目の前の幸村は未だに状況が掴めていない。

「お、お舘様ぁぁああ!?」
「うむ、幸村よ。お主の気持ち、しかと耳に入れたぞ」
「熱い告白だったねえ。俺様見直しちゃったよ」
「!?」

先程の言葉を思い出してボッと一気に顔を赤くした幸村。

「すみませぬ!名前殿には、縁談が…」
「そのことじゃが幸村」

『父上と佐助が仕組んだんでしょ?』

さすがに本気にしている幸村が可哀想になって口をはさむ。ポカンとしている幸村が目に入る。

「そ、それは…」
『だから、私に縁談なんて話は嘘』
「っま、真にござるか!?」
『そ、何を吹き込まれたか知らないけど全部、父上と佐助が仕組んだ事だよ』

佐助はともかく父上まで何を考えているのか。そりゃあ、いつかは武田の姫として然るべき縁談がくるだろう。でも、私は幼い頃から…あの記憶の時からずっと、ただ一人幸村を見てきたのだ。先程の幸村の告白が私を労わって告げてくれた事だとしても、本当は嬉しかった。

佐助は唯一私の気持ちを知っているはずなのに、この仕打ちはなんだろうか。心なしかヘラヘラしている佐助を睨みつける。

「クク、そうでもしなきゃ旦那は動かないからねえ」
『は?』
「名前よ、父もお前の気持ちは当の昔に気付いておるぞ」
『え…』

嘘だ。まさか父上にまで気付かれているなんて、私は分かりやすいのか?顔を引き攣らせつつ当の幸村に目を向ける。すると幸村は俯いて若干フルフルと拳を握りしめていた。

『ゆ、幸村?』
「そっ、…」
『?』

「っ某は、名前殿を慕う気持ちに嘘偽りはござらん!お舘様!僭越ながら名前殿は某が一生お守りいたす所存でござる!」

ガバッと父上に向き直って勢いよく頭を下げる幸村。

「よう言ぅた幸村よ」
『…私の気持ちは?』

さっきから聞いていれば私はなんとなく蚊帳の外。なんかもう私が幸村を好きでいるという前提で。いや、実際そうだけどさ…。

「それは幼きあの頃から、互いに気持ちは変わらないでござる」
『え?』
「約束は、破らん」
『っ!』

覚えていてくれた…

たったそれだけなのに、溢れ出る涙は止まらない。あの頃から、こんな日が来るの本当は望んでいたのかもしれない。涙で目が霞んでよく見えないはずなのに、幼い記憶と同じ無邪気に笑う幸村の笑顔がはっきりと見えた。
 

『幸村、大好きだよ』





(それはきっと)
(二人の始まりの合図)