「はぁ…か、書けないっ。」

一人の女子(おなご)が文机(ふづくえ)の上で頭を抱えていた。

先程まで認(したた)めていた文をくしゃり、と丸め屑籠に投げるが軌道が逸れ中に入ることは無かった。

「……はずれた。」

名前は再度溜め息を吐いた後、立ち上がり書き損じた文を改めて屑籠に入れた。

既に沢山の文だったものが中には入っていた。

彼女は一番組伍長を勤める名字名前。

訳あって性別を偽り、この新選組に所属している。

実際問題、幹部の人間は名前の性別を知ってるのだが。

そんな彼女が認めていた文は何時死ぬか分からない職場環境の中で心残りを無くす為の遺書、ではなく―――今、京の都で噂されている願掛けを行う為だった。

その噂は『想い人へ宛てた文を肌身離さず持っていると恋愛が成就する』というもので、実際に京の女性が何人も恋が叶ったとか…

いくら男装をして過ごしていると言えど、やはり中身は乙女。

入隊した頃は上司の強さに憧れていた。が、過ごす月日が増えるといつの間にか憧れが恋愛感情になっていたわけで…

「よし、完成!」

文を折り、出来たそれを上に上げた。

不意に文の感触が指先から消える。

「え?」

驚き、振り返ると

「一体、何が完成したの、名前ちゃん?」

「な、なんで沖田組長が私の部屋に!?」

余談だが、名前は幹部公認の女隊士の為一人部屋を与えられている。

「いや〜、名前ちゃんの完成、の声が聞こえて気になってね。」

「ちょっ、返して下さい!」

本人に見られるとか無いって!

名前は慌てて沖田から取り戻そうと勢いをつけ飛び上がるが、何分身長差のおかげで届かない。

「ふーん、そんなに大事な文なんだ?もしかして誰かへの恋文だったりして。」

沖田はからかうように言った。

「そ、そんなことないです!それより、返してください!」

図星だが、ここで動揺を見せればこの組長のことだ。
事が更に悪い方向に運ぶことになるだろう。

動揺を隠しながら文を返してくれるように要求する。
その様子に沖田は目を細める。

「いやだね。」

そう言うと沖田は文を持ったまま、部屋の外に出てしまった。

いやだね、って何!?

名前は突然の沖田の行動に驚きつつ、すぐさま沖田の後を追った。

気がつくと池のある広い庭の方に出ていた。

そこには焼き芋をする近藤局長と千鶴ちゃんの姿があった。

千鶴ちゃんは此方に気付き、焼き芋を片手に声をかける。

「あっ!沖田さん、名字さん良ければ焼き芋食べませんか?」

近藤局長が名案だ、とばかりに頷く。

その一瞬、沖田の素早さが緩んだ。

沖田は局長である近藤には弱い。

名前はその隙を逃さず、今までの速さのまま跳躍し見事、文を奪回した。

「あ、」

それに気付いた沖田は、名前の文を奪おうとしたが、その前に名前は焼き芋に使っていた焚き火の中に文を投げいれた。

せっかく認めた文だが、本人に見られるよりは燃やした方が良いと判断したのだ。

「あーぁ。というより名前ちゃん、それ燃やしちゃって良かった訳?」

「沖田組長に見られるよりは燃やした方がマシです。」

そう言いながら、千鶴ちゃんから焼き芋を受け取り口に運んだのだった。


書いて捨てて書いて燃やした恋文