過去原稿 | ナノ


いびつな幸福  



 彼女いわく。
「アイスを分けっこすると、幸せも半分こできるんだよ!」
 らしい。

「俺のアイス食べたいだけじゃん……」
 パリッと小気味いい最中の砕ける音。半ば奪い取る様にして俺から受け取ったアイスを満足そうに頬張りながら、リスみたいな頬をもふもふと動かす。つついてやろうか、と思いながら、よろけた彼女に慌てて手を差し出した。
「お前、ほんと、」
「お世話になっております」
 あー、びっくりした。
 目をくりくりさせながら、それでもアイスを頬張るのはやめない。
 あ、こいつ、半分のラインさりげなく超えてやがる。
 取り上げてやろうかと思ったけど、あまりにも幸せそうだから、やっぱりやめた。
「あ、こーた、アイス」
 半分以上食べちゃった。
 俺が気づいたすぐ後、申し訳なさそうに言う彼女に笑う。わざとじゃなかったんだ、まあそういう奴だけど。やっぱり憎めないなと思いながら、日に照らされて暖かくなった髪をぽんと撫でた。冬よりも日に焼けている顔がこちらを向いて、キャラメルみたいに茶色い瞳が真っ直ぐに俺を見る。こいつは眉毛の上で前髪を切っているから、大きな眼がとても目立つ。
「いいよ、食べな。しょうがないから、優しいこーたくんが食いしん坊なひなちゃんにおごってあげましょう」
「こーたくん!」
 ほんとに同い年なのか危うい。思わず苦笑を漏らして、それでも微笑ましくて心はほかほかと温まる。
 変わらないなあ、ほんと。
 家が近所で毎日のように顔を合わせているのに、それでも飽きることなくこうやって休日には彼女と一緒に過ごしたりもする。よく続くものだと我ながら感心するけれど、きっとどちらかに恋人ができてしまえばこんな関係すぐに破綻するのだ。
 俺たちは恋人同士じゃない。じゃあなんなのかといえば、親友と呼ぶにはなんだか立ち位置が斜めっていて、ややこしい。きっと、幼馴染というのが一番ふさわしい。
 ぺろりとアイスを平らげたらしい彼女は、丁寧にビニール袋を折りたたんでからゴミ箱に向かった。その後ろ姿を見送りながらベンチに腰掛ける。息を吐きながら見上げた空を、二羽のカラスが飛んでゆく。
 楽しいのだろうか。俺と過ごすなんてことない、こんなくだらない時間は。俺は、楽しいというよりも、安心してしまう。いつまでも変わらず俺に笑いかけて、遠くに行ったりしない彼女の存在に、どうしようもなく。
「彼氏とか、つくろうと思わないの?」
 気付けばそう聞いていた。俺が通う学校のものとは違う制服姿がこちらを振り返る。水色のラインが入った、チェックのスカート。部活帰りの彼女を俺は駅まで迎えに行った。改札の向こうからやって来る夏服は、眩しかった。この子の世界は俺の知らないところにも広がっているんだと、不意にそう実感させるくらい。
「うーん?」
 どうして? と聞きたそうな彼女は、近くにあった自販機に向きを変える。この公園は小さいとき彼女といつも遊んでいた場所だ。
 ゴトンと落とされた飲み物をしゃがんで取り出そうとする彼女と、ひらりとめくれかけた紺地に水色チェックのスカート。夏服は生地が薄いと、クラスの女子が言っていた。この子は、他の男の前でもこんなに無防備なんだろうか。
「彼氏って、必要?」
 手に持っていたのはコーラ。彼女は炭酸が飲めない。面白がって飲ませたことがあるけど、「びっくりする飲み物だね」と目を白黒させながら残りは俺に渡してきた。
 そんな黒い飲み物を俺に差し出しながら、彼女は「なんで?」と首を傾げて聞いてくる。
「……なんでだろう」
 なんで、と言われても。そういうもんなんじゃないだろうか。俺の周りはみんな口々に恋人がほしいと言っているし、恋人がいる人を羨んでいる。思えば俺も、特にそういう存在を欲したことはなかったんだけど。
「わたしは、別にいらないかなあ」
 ありがとうと言いながら受け取ったコーラは冷たくて、透明な容器の中で小さな泡を生み出していた。アイスの代わりなんだろう、おごるって言ったのに。
「友だちと遊ぶのも楽しいし、部活も充実してるし、別に物足りないとか思ったことないもん」
 夕暮れから夜に近づていく空。中学生のときはポニーテールだった黒髪も、今ではふわふわとパーマのかかったボブカットだ。ひなの学校は、俺のところと違って校則がゆるい。
「こーたと、幸せ半分こできるし!」
 邪気のない、まるで朝の空気みたいに澄んだ笑顔。じんわり温まった胸と、上昇してゆく両耳の温度。綺麗な笑顔から目を逸らして、後ろの夕暮れを眺める。ああ、空が綺麗だ。
「こーた、」
 俺の顔を覗き込むひな。綺麗な瞳に映し込んで、彼女は俺を見ている。いつから、こんなに女の子になったのだろう。前までは、男か女か、そんなの関係なかったのに。意識していなかったのに。変わったのは、俺なのか、ひななのか。それとも、両方?
「わたしは、こーたのそばにいるよ」
 変わってゆく世界にも、俺の心にも、君は気づかなくていいから。
「ひな、」
 華奢な腕だ。折れてしまいそうなくらいに。
 柔くてきれいな頬。少し汗ばんだ感触が唇を通して伝わる。
 だから、君の頬に口付けた俺のことも、どうか残暑の思い出で片づけて。

 忘れて。


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