過去原稿 | ナノ


1.  



 君の眠りを覚ますのが愛のこもった口付けでないことを、俺は何度呪ったことだろう。
「ねえ、兄さん!」
 バタバタと、普段は冷え切った無機質な世界に音が響き渡る。なんだ、と目を開ければ妹分であるリアナが俺の上に乗っかっていた。
「おお!?」
 彼女の細い体躯なんて負担にはならないが、寝起きにこの状況は頭がついていかなくて混乱する。あれ、俺今どこにいるんだっけ、あ、研究室のソファ。
「起きたのよ!」
 俺の反応も戸惑いも全部スルーして、彼女は興奮したような口調で続ける。すっかり乱れてしまった赤茶の髪に手を伸ばす。短く切り揃えられたそれに触れる前に、俺の手は彼女の小さな手に包まれてしまった。きつく釣り上がった瞳が発するのは、いつもの冷酷な光ではなくキラキラとした輝き。
「あの人が、起きたの!」
 未だに頭が働かない俺は、他の男にそんなことしちゃだめだぞーとか、重いなあ成長したんだなあとか、そんなことを考えていたのだが。
「そう、か、起きたのか……」
 瞬時に、頭の中はあの笑顔で埋められた。

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