短編 | ナノ


見上げた空は、何処までも青くて、深くて、吸い込まれてしまいそうだ。

「何してんだよ」

空に向かって伸ばした手を、ぱしりと叩かれる。
何を掴むわけでもなくただ伸ばされていた腕は、反動に抗うこともなく私の視界から消えていった。

「何するんですかー」

先程の言葉を少し捩っただけの台詞を返す。
空の一部になっている顔が、少しばかり歪んだ。

「ムカつく」
「すみませんね」

本当に苛立ったようで、態々しゃがみ込んでまで私の額で人差し指と中指を弾かせる。所謂でこピンってやつだ。
痛い、と眉を寄せても、構うことなく私の隣に腰を下ろす。

「後輩に暴力振るうなんて、最低です」
「先輩をおちょくるお前も最低だ」

はっ、と鼻で笑う先輩。
その横顔に、少し腹が立った。

「風で捲れたらパンツ見えんぞ」
「うわ、気持ち悪い。何期待してんですか」
「お前のなんか誰も見ねぇよ」
「残念ながらスパッツ着用してますしー」

先輩の言葉を気にしたわけではないけれど、無機質なコンクリートに横たわらせていた身体をゆっくりと起こす。
当たり前だが、柔らかさなど微塵も無かった為に背中が痛い。骨が食い違っているような、おかしな感覚に陥った。

「せんぱーい」

胡座を掻いている先輩の横で、女の子らしく横座り。
気持ち悪いというように見てきた先輩を無視して、私は続ける。

「先輩は、何かを掴みたいのに指先にすら触れないとき、どうしますか?」

先程と同じように、空に向かって腕を伸ばした。
手をゆっくりと開き、太陽に向かって閉じる。
当たり前のように掌は何も掴めず、ただ私の目が眩しさによって痛むだけ。

「……また変なことを」
「良いじゃないですか、先輩の解答面白いんですよ」

よく、私はこういう抽象的な質問を投げ掛ける。
特に意味があるわけではなく、ただ思い付いたから。ただ、気になったから。

先輩はコンクリートから腰を上げ、砂を払う。
私の方に砂が飛ばないようにと気を配る辺り、何とも先輩らしい。

「……そうだな」

そう言って、先輩が私の前にしゃがんだ。
座高だけでも露になる身長差。私の背は標準的なのに。

先輩によって太陽の光が遮られ、私の目は痛みを感じなくなる。
後頭部、暑そうだなぁ、なんて馬鹿げたことを思っていた私の手は、いつの間にか先輩の大きな手に包まれていた。

「無理矢理にでも、掴む」

不適に笑うその姿に、出会ってから何度目か解らないほどに感じた胸の高鳴りを、悔しいけれどもまた感じてしまった。



現状維持ハ、不可能デス
(頭の中で響き渡る、忠告アナウンス)


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