空から落ちるものが飴だったらいいのに。 そう言って天を仰ぐ私に、あの子は「べたべたになるね」と笑いながら返してきた。 そんな、どんよりとした雲の下。 雨が止んだらしく、人々は傘を閉じ始める。 色とりどりに咲いていた花たちが一斉に萎み出して、円で溢れていた道はすっきりと灰色の地面をあらわにしてゆく。 窓から地を見下ろしながら、晴れ始めた空に相応しく明るい声で、彼女は「晴れてよかったね」と、そう言った。 「もう少し早く晴れてほしかった、髪濡れちゃったし」 「まあまあ」 テーブルに肘をついて外を見下ろす。忙しなく動き続ける人たちを見つめながら、この人たちは何処へ行くのだろうと考えた。 仕事先や友達との約束、恋人とのデート。人によって様々だろう。 ならば、私は何処に、何をしに行くのだろうか。 テーブルの上に放置されたアイスティーは、すっかり汗をかいてしまっている。量もそんなに残していなかったし、薄まっていることは確実で。 口を付ける気にもなれず、渇きを弱々しく訴える喉を無視して、目前の彼女に視線を戻した。 「飲みたいの?」 視線に気づいた彼女が首を傾げながらコップを差し出す。 彼女が頼んだのはオレンジジュース。動かされた拍子に、橙の液体がたぷんと表面を波立たせた。コップの半分くらい、といったところだろうか。 氷は、私のアイスティーと同様すっかり小さくなってしまっていた。 首を横に振った私の反応を見て、彼女は頬を膨らませながら「美味しいのになあ」と拗ねたように零す。 嫌いだなんて、一言も言ってない。 「これからどうしようか」 アイスティーと一緒に頼んだケーキは、とっくのとうに食べ終えてしまった。 生クリームが少しだけ残ったお皿は下げられないままテーブルの上にある。店員さんは、さっきまで降っていた雨から逃れるためにやって来た人たちの対応で手一杯だ。 手持ち無沙汰になって、なんとなく飲む気のない液体をくるりとストローで混ぜた。 氷はほとんど姿を消してしまっているから、音が立つことはない。 「現実逃避といきましょう」 楽しそうに彼女が笑う。 普段はそんなに中身を持たない私の財布。 でも、今日は違う。 ありったけのお金を含んだ安っぽい革財布は、任せろと言わんばかりに小銭とお札で膨らんでいる。 昨晩、親と喧嘩をした。 進路の話をしていて、私と父の意見が対立してしまったのだ。母はただおろおろと眺めているばかりで、私はそんな二人に苛立って家を飛び出した。 溜まったものを吐き出すように全てを彼女に話したのは、日付が変わる少し前。 苛立ちと虚しさと孤独感。他にもよくわからない感情が綯い交ぜなって、ぼろぼろと涙が零れた。 声も震えていたから、機械の向こうにいた彼女も私が泣いていることは容易に伝わっていただろう。 うちにおいでよ、と。彼女は、優しくそう言った。 時刻は0を過ぎていた。 一枚の上着、貯めていた貯金、高校までの定期券、彼女と繋がる通信機器。 私は、それらの相棒とともに、夜の街を駆けて彼女の家を目指した。 足して二で割る。なんと便利な言葉だろう。 昨日彼女と潜り込んだ布団の中で、何度も出た言葉だった。 私が彼女の家に行ったのは、普通なら有り得ない時間帯。 彼女の家族に迷惑がかかってしまう、こんな時間だから帰りなさいと窘められてしまう。 それでも、彼女の家ではそんなことにならない。 「どうでもいいんだろうね」 彼女はいつもそう言って笑う。 楽だから良いよ。みんなの前でそう言ってのける彼女の本心を、私は、私だけは知っている。 少しだけ、羨ましいよ。 昨日、彼女は悲しそうに言ってから、ごめんね、と小さく零した。 「ねえ、」 すっかり雨は上がって、雲間から青が覗いている。遠くでは僅かな隙間から光が溢れていた。 天使が、降りてきそうだ。 「あの光まで行こうよ」 私の言葉に彼女は笑う。 いいよ、楽しそう。さっきみたいに現実的なことは言わなくなった。 あの光の下まで行けば、私たちが望む世界が待っている気がしたんだ。 ねえ、君はどう思う? 問いかけは胸の中にしまって、彼女とともに走り出す。周囲の人が訝しげな視線を向けてきた。彼女のポニーテールがゆらゆらと楽しげに揺れている。 周囲から逃げるように、そして彼女を追うように、私の足は忙しなく動き続ける。 あの光の下へ行こう。 私たちが望む世界があるのだとしても、ないのだとしても。 あの光へ。 少しでも、今が変わることを祈って。 ほんの小さな距離でも、此処から離れられることを、願って。 明日になれば、私はきっとあの家へと帰るのだ。彼女も、殆ど一人でしかないあの場所へ帰るのだろう。 だから、今だけ、未熟な私たちは小さな反抗を示す。 水溜りを踏んだ。 水面に映るもう一つの世界が、ぱしゃりと音を立てていとも簡単に壊れていく。 叫び出したい気分だった。なんでもいいから、何かを。 吐き出せば、また頑張れる気がしたから。 スピードを緩めた彼女が振り返る。交わる視線。それから、遠くの光に一瞬だけ目を遣る。 あの穴から、天使がこの世界を覗いているような気がした。 私と彼女は、笑いながら声を揃える。 あの光を、目指そう。 20140612 Twitterにて、フォロワーさんにSSを贈るみたいなやつをやりまして。 少しでも元気が出る爽やかなものを!と、目指したつもりです。 捧げ物に載せるべきかと迷いましたが、プライベートなこととは違い創作タグだったのでこちらに。 梅雨が明けるのが待ち遠しいですね。 |